5.貴船神社
お昼も軽く済ませてしまおうと、適当な店を探しながら白川通に沿って修学院駅まで歩いた。
……結局歩いて時間を使っちゃったし、お昼はパンを買って済ませてしまった。無計画のよくないところ。
*
叡電に揺られることおよそ20分。
貴船神社までは徒歩30分、バスなら5分。歩くのは嫌いじゃないけど、時間に余裕があるわけでもないし、ちょうどやってきたバスに乗り込んだ。
観光客ですし詰めのバスの車窓からは、貴船山の山肌と去年の台風になぎ倒された針葉樹林ばかりが見える。痛々しい光景だけど、参道や社殿が駄目になって通行止めが続いた鞍馬の被害に比べるとこれでもまだましなほうみたい。もっとも、今ではすべて復旧したそうで、参詣や拝観に支障はない。
バスの駐車場から貴船神社までは、もう少し歩くことになる。
貴船川に沿って、車同士ではすれ違うのも難しい細い県道があり、旅館や料亭が軒を連ねている。ここは京都の奥座敷。夏には
冬には川床はないけど、木々を雪が白く染め上げる光景にはまた別の風情がある。秋には紅葉が鮮やかで、春には新緑が息づくという。こんなに杉が多いと、個人的には春には来たくないけど……。
なんてことを考えていたら、貴船神社の鳥居が見えてきた。
参道の石段に沿って並び立つ灯篭の朱が、人々の声と冬の冷たさの中に浮かんでいる。この先には俗世とは異なる空間があるのだと教え諭すような光景だった。
私は俗なのでエモいなあと思って写真を撮ってみたけど、スマホのカメラではなかなか思うようには映らない。コンデジでも買おうかな……。
この貴船神社は絵馬発祥の社として知られている。
古来から干ばつに際しては黒馬を、長雨に際しては白馬か赤馬を奉げてきたんだけど、時には生馬の代わりに木製の「板立馬」を奉納したそうで、それが現在の絵馬の原型とされている。
私は願い事が苦手だから(二拍手してからどうしようって思うくらいだ)普段は絵馬を書くこともしないんだけど、今日はせっかくだから納めることにした。
『えるともっといろいろな場所を旅できますように』
照れくさくて、一緒のときにはこんなことお願いできないね。
絵馬を掛所にかけたら、本宮を参拝。
地名は「きぶね」なのに神社の名前が「きふね」なのは、祭神の
水は人々にとって尊く、また恐ろしいものだからか、皇族はもちろんのこと、農家や漁師、あるいは海上自衛官からの信仰も篤いそうだ。
貴船神社には本宮のほかに、上流側にふたつの社がある。そのうちの一方は
祭神は
なんでも磐長姫はそれを恥じて「世のため人のために良縁を得させん」と誓ってこの地に鎮まったという。
……いやいや、いい人、じゃなくていい神すぎん? なんなら世の人々に悪縁を撒き散らしてもいいくらいだよ。よくないけど。
そんなふうに思うけど、平安時代には和泉式部がここを訪れて、浮気中の夫との復縁を祈願し成就したという話もある。これ、和泉式部と夫との縁を結びなおした一方で、夫と浮気相手との縁は切っているわけで、やっぱり縁切りのご利益もあるのかもしれない。
なお、社殿は昨年の台風で全壊してしまったそうで、ご神体は本宮のほうに遷されている。なんか……踏んだり蹴ったり?
結宮からさらに上流に向かうと、奥宮にたどりつく。
参道の木々の枝葉は雪で白く染め上げられていて、歩いているだけで気分がふわふわしてくるような、幻想的な光景だ。奥宮の長い参道を抜けると異世界であった。なんて、そんなこともありそうな。
参道の奥では朱塗りの門も雪色だ。思わず立ち止まって、ぼんやり眺めた。
その門の手前には小さな
奥宮の境内は本宮よりも広々としていた。創建当初の本宮はここにあって、水害で流失して今の場所には後の時代に移ったそうだから、昔はここにも立派な社殿や舞殿があったのかもしれない。
奥宮の祭神は
*
参拝を終えて、御朱印をいただき、さて次は鞍馬寺……といきたいところだけど、そろそろ帰らないといけない。
つまみ食いが旅の醍醐味なら、食べ残しだってまた然り。行けなかった場所には、また来たときに訪れよう。
次はえると一緒にね。
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