〜地蔵盆〜

これは私が小学生の夏休みにおじいちゃんおばあちゃんの家に遊びに行ったときのことです。


おじいちゃんの家はF県の山の合間にあるような村にあって、買い物行こうにも車で20分以上は走らないと町には着かないとこにあるんです。


でもその村の中ではおじいちゃんの家は大きい方で離れとかもある古いけど立派な家でした。


そして家の前の少し離れたところに山に面してほんとうに小さなお堂みたいなのがあったんです。


お堂っていうのかな、大きさは大人の人と同じくらいで、へそぐらいの位置までは石で出来ててそこに木でできた社みたいなのが乗っかってる感じ。で、その中にお地蔵さんが入っていました。


神社とかお寺で少し逸れたところにあるお詣りできるところみたいな感じのやつに近いと思う。鈴を鳴らすのは付いてないけどお賽銭箱とかもありましたし。


おじいちゃんとおばあちゃんは掃除したり管理してるんだそう。


だから近所の家からは〇〇さん家のお地蔵さんって言われてました。あ、〇〇はうちの名字です。


それで普段はお堂のまわりはなにもないんですが

夏休みに私が遊びに行ったときちょうど地蔵盆だったらしくて、すごい周りにお供え物とか提灯があった。


私もこのとき「地蔵盆」ってのを知ったのですが大学行ってから他の子に聞いても知らない子も多くて、、


なんでも関西とか東北の一部でやってるものらしいんだ。


そこのお堂のまわりだけお祭りみたいな飾りつけをして、近所の人がお供えもの持ってきてみたいな感じです。


うちは当然日頃から掃除とかもしてるからお父さんもお母さんも駆り出されちゃって総出でお堂の飾り付けとかお供えものの対応してた。


けっこうな量のお菓子が供えられてて、私はすぐ食べたかったんだけど


なんでも終わった次の日に小分けして近所に分配するのが決まりでその日はもらえなかった。


私はというとせっかく遊びに来たのにみんな忙しそうで、大人に混じってお堂の石のところを拭いてたりもしたんだけどそれも早くに終わってしまい暇してました。


だからこっそり裏の山に続く山道に行ってみることにしたんです。



普段はそこの山はうちの持ちものじゃないからって行かせてもらえなかったけど


今は誰も見てないしそもそも小学生だった私には所有権がどうのとかって話はわからなかったんです。


山道はお堂の真後ろから少し山を登ったところにあって誰も見てない隙を狙って行きました。



最初は少し山道を入ったとこからお堂に集まっている人を見下ろしてたんですが


そのうちどこまで続いてるのかなって

どんどん登って行っちゃって。


途中二回ぐらい分かれ道があったんだけど

全部右って決めてガンガン進んじゃった。


子どもながらの知恵で全部右に行けば帰りは迷わないと思ってたんです。



それで三回めの別れ道でも右に行こうと思ったんだけど奥が細くなってて


今まで林にいたのにそこからは森みたいな感じで薄暗くて少し怖くなりました。


でも今まで全部右で来たし、ここだけ左行ったら迷うなって思ってそのまま森へと続く道を進みました。


怖くなったらすぐ帰ればいいし。



でも森はすぐおわり、少し開けた場所にでた。

というか行き止まりで、うちのお地蔵さんのと似た

お堂があった。


私はそれを見ても不思議と怖くなかったんです。

さっきよりも日も当たってたのもあって

すげーとこ見つけた!みたいな気分になっていた。


お堂はもうボロボロで木の色は殆ど黒に近い茶色をしてた。石のところも苔だらけで長いこと誰も手をつけてないのは見てすぐわかりました。



私はうちのお堂の掃除をしたまま山道を登ってきてたので手に雑巾を持ったままだった。


ちょうどいい、少し拭いてあげよう


でも石の部分をこすっても苔は全然とれない。

もういいや帰るかと思ったが


そういえばお堂の中の見てないな


と思って顔あげたとき私の視界になにか映った。

お堂の裏の木の後ろだ。


お堂から少し体を右にずらし裏を見ると

そこには汚い老人がいた。


いつからいたのかわからないがこっちを見ている。

ボロボロの袈裟みたいな服を着て翁の面みたいな顔でニタニタ笑っていた。


その異様さに怖くなって私は手の雑巾を落とした。ペシャと水気を含んだ音がした。


しかし落ちた雑巾に一瞬目をやった隙に老人はいなくなっていた。ほんの一瞬のことだった。


どこへ行った??


あたりを見渡すがいない。

老人のいた木の裏に回ってみてもいない。


見間違いか?いや、あんなもの見間違うはずはない。


考えれば考えるほど呼吸が早くなり

焦りと怖さが増す。


もう早く帰ろうとお堂に背を向けたとき私の背後で




ワッ!!




っと大きな音がした。


いや間違いなくすぐ後ろで叫ばれた。



私はもう怖くて山道を泣きながらかけおりた。


後ろにいる気がして振り返れない。

別れ道で曲がっても、もと来た道を見ずに走る。



全部右だ。全部右で来たから帰りは左に曲がれ。それだけ考えて私は無我夢中で走った。



泣きながら山道から出てきた私をおばあちゃんが見つけた



「どうした??怪我でもしたんか?

山ぁ勝手に行ったらいかん言うたやろ??」


と抱きしめながら心配された。

私はそれでも泣き止まず、なくなくお母さんにかかえられて家の中に引っ込められた。



泣き疲れたのだろう、母が言うにはすぐに寝たらしい。そこから私は夜まで寝続けた。



その夜私はなにやら周りが慌ただしくて目が覚めた。


ここは私たち家族がいつも寝ている部屋だった。

どうやら私はここに運ばれたらしいが他に誰もいない。


起きて居間に行くとお母さんから



おじいちゃんがうちのお堂の裏で倒れていたらしい。今お父さんが病院に連れて行ったことを伝えられた。



あいつだ。と私は思った。


昼間見た翁の顔がきっとやったんだ。

私が出会ったあいつがおじいちゃんになにかしたのだ。



だがこんなことを不安気な母に話せるわけもなく黙っていた。あいつが来るんじゃないかと思い、1人怯えていた。


この大きな家には私と母の2人しかいない。

おばあちゃんも付き添って病院にいる。

それもまた怖さを増させた。


母とまた寝室に入ったが寝られるわけはなかった。しかし母は意外にもすぐ寝息を立てていた。昼間からの作業もあり疲れたのだろう。


私は恐る恐る廊下に出た。

なんとなくだがあいつが家まで来ている気がした。


二階に上がる階段の途中にある窓から覗けばお堂が見える。そしてその奥にある山道もギリギリ見えるはずだ。


そう思い覗きこむが私の身長ではこの窓になんとか目の位置まで届くかどうかだった。


窓からお堂が見える。

電灯ではない提灯の光はとても暗く、周囲をぼやかし

たように照らしていた。


そしてその少し上。奥の山道は暗くて見えない。

そこだけ塗り潰したように黒く見える。


この暗さに紛れてあの翁はあそこにいるのかもしれない。



「なにしてるの?」



「!!」



突然話しかけられ驚いた。振り返ると母が恐る恐るといった顔でいた。その顔にこちらも不安になる。


なんでそんな顔をしているのか。


よく考えれば子供が夜更けに窓の外、しかも祖父が倒れたところを見ていれば大人でも多少は怖くなるものだろうがそのときはただただ怖くなった。



「お堂見てたの?」


「...うん」



母は嫌な顔をした、ような気がした。


もう寝るよう言われ、連れ戻される際また山道を確認したがなにも見えなかった。


寝室に戻っても結局私は寝られず次の日を迎えた。




おじいちゃんは血圧がどうのこうので倒れたらしくその日の夕方には帰ってきた。

少し白い顔をしていたが元気だった。



私は誰にも話せなかった昨日の出来事をおじいちゃんに伝えた。

意外にもおじいちゃんは笑いながら言う。


「わしもお前が泣きじゃくるもんやから山が気になってな、ほんで行ってみたんや」


「おじいちゃんもなんか見たの!?」


「なーんも見ゃあせん。久しぶりに山行ったせいかおりたら疲れてもうた」


「そっか...」


「でもな、あのうちのお地蔵さんなんであるか知っとるか?」


続けておじいちゃんは言う


「山から子供を守ってくださってるんや」



もともと地蔵盆とは地蔵菩薩の縁日で子供も主体となって参加する。

それで地蔵菩薩は親より先に死んだ子供が地獄の手前、賽の河原で罰を受け苦しむのを救ってくださる。お供えにお菓子が多いのもそのためらしい。



うちのお地蔵さんはおじいちゃんのお父さんが今の場所に祀ったらしい。山から悪いものが降りてこないように。


「わしにはなんも見ゃせんがきっとお前はお地蔵さんが守ってくれたんやけ、ようけありがとう言わないかんなぁ」


おじいちゃんはお堂を見ながらそう言っていた。うちのお地蔵さんはこの辺の家と子供を守っているのだそうだ。


それから私は毎年おじいちゃんおばあちゃんの家に行くたびにお堂を掃除して、お地蔵さんに手を合わせている。


そして、あとから聞いた話ですがあの山道には別れ道は1つもないそうです。

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