第70話:殺欲の悪魔、ハナ・シューリット

「……けほ、けほ、けほ……」

「……お前。死にたくないからって、木にしがみついて、まるごと引っこ抜く馬鹿がどこにいる」

「木を引っこ抜かれるくらい嫌がっている事に気づいてもらいたいアピールだったんだけと、理解してもらえなかったのかな?」


 笑みを浮かべ、睨み付けながらハナに威嚇行為をする。

 ハナにはやせ我慢だと解釈されてもおかしくないレベルの、苦し紛れの見栄っ張りだと見られるだろう。

 自分でも、よく分かっている。

 ただ、そうせざるを得ないと、私自身の本能が解釈しているのだ。


 ――ハナの殺気が尋常じゃない


 少しでも目をそらせば、一秒とないうちに、私の心臓が抉り抜かれて終わってしまう。

 軽いノリで話しかけてきているが、それは余裕がある上での猶予に過ぎない。

 本当なら、一秒もしないうちに私の言葉を聞くことなく殺しにかかってきたろうに、なぜだか私に問いかけ話を聞こうとしてきている。


 このバッファの理由は分からない。

 何かしら、私に足して興味を持ったのかは分からないが、少なくとも私にとっては限られた最後のチャンスといっても過言ではない。


 ハナは私に問いかけている。

 私が適切に応じれば、少しでも殺される時間は引き延ばすことが出来る可能性が高い。


 ……だが、私も最初のやせ我慢が過ぎてしまったようだ。


「…………」


 何とか洋服で隠せてはいるけど、左手がぐちゃぐちゃに壊れている。

 骨が砕け、肉が裂けているのが激痛で分かる

 控えめに言って、今にも叫んで気絶してしまいそうな程の強烈な激痛だ。

 ルーミルに着せられた血を弾く服でなかったら、ハナに鼻で笑われていたところだろう


 息絶えれば、今ここで死ぬ。

 そして私の目の前には、この時代のハナがいる。

 服の中に仕込んだ治癒剤のおかげで、肉体修復はされているが、完治までには数分かかる。

 ここで私が倒れるわけにはいかない。

 根性を掘り起こしてでも、私はハナと対峙しないといけない。


「(……実力を付けきれていないっていうのに、何たるタイミングの不幸)」


 こんなの、物語の三割目でラスボスに遭遇してしまったようなもんだ。

 タイミングが確実にずれている。

 無謀も良いところだ。


「(……だけど、この状況をチャンスと捉えることも?)」


 私が倒すべき最終目標が目の前にいる。

 どういう境遇であれ、これはハナという存在について調べることが出来る千載一遇のチャンスと捉えることも出来る。


 ならば、私は今、警戒をするのではなく、攻めの構えでハナに問いかけるべきといえる。


 冷静に、冷静に。

 心の中で深呼吸を済ませ、私はかます姿勢を崩さずハナに話しかける。


「ハナ、久しぶり。随分と元気そうだね」

「……はぁ? てめぇなんて知らねえよ。なに勝手に俺とナカヨシになっていやがる」

「……まあ、実質初めてということになるのかな。この見た目をしたハナは」

「……あぁ? 何言ってんだてめぇ」


 ハナの背中には、真っ黒に染まった羽が生えている。

 悪魔の羽と言われれば、多分そうだと信じられるモノだ。

 顔つきは私と暮らしていたときと変わらない。

 だけど、右半身の方から皮膚の色が浸食されたように群青色に塗り潰されている。

 ヒトが悪魔に浸食されたような、悪魔になりきれていないような、そんな姿。

 

「そんなことよりハナ。今日はどうしてここにきたの?」

「あ? なんだよ唐突に。そんなこと、てめぇに話す義理なんてあるか?」

「義理はないよ、そりゃあね。話したいなら好きに語っていいよという質問だからね」

「意味分かんねぇ。殺すぞ」

「……っ」


 殺気と気迫で私を威圧してくるが、ハナから視線を一ミリも逸らさずに堪える。


「殺す――それもまあ自由よ。あなたは好きなように本能に従えばいい。いつでも私を殺せる」

「死んだことにも気づけないほどに素早く殺してやるよ」


「……だけど、殺してしまえば私と話をするという選択肢は無くなる」

「……だからどうした?」

「ハナ、どうせ殺されるのであれば、最期にあなたの話が聞きたい」

「なんでそういう話になる? てめぇと話す義理はねぇっつってんだろ。話の運び方が下手くそ以前の問題だぞ」

「もちろん義理はないよ。でも、私がハナと話せなくなるということは、ハナも私の話を聞けなくなるということになる」

「生かして何が聞けるって? おびえる様でも眺めて欲しいのか?」


 ハナは鋭い爪を見せながら言うが。


「そうだね……じゃあ将来の話でもしてみようか」

「……あぁ? 将来の話?」


 ハナが眉を動かし怪訝そうな表情で私を睨みつける。


「将来の話、面白そうでしょう?」

「……何を面白がればいいんだよ。何の将来だよ。具体性がねえ……」

「将来といったら、ハナのことに決まっているじゃない。私はこの後、ハナに殺されるんだから」

「俺の、将来? はぁ? しょうもねえこと言い出すな。お前は」

「そうかな? 私は興味あるよ。ハナの将来」

「他人が悪魔の生き様に興味を持つなんざ、ひねくれた思考をしたもんだ」


 そういいつつも、私の首元に向けていた鋭い両手の爪は、既に綺麗にしまわれている。

 あまりの変化球に拍子抜けをしたのか、はたまた心の中で、私のプレゼンに興味を抱いたのかは分からない。


「命乞いにしては珍しい方式だ。いいだろう、試しに話してみろ」

「…………」


 どうやら答えは後者のようで。

 ハナは凶悪なあくまでありつつも、本質的な性格に歪んだ思考は持っていないのだろう。

 悪人だろうと何だろうと、表裏がない性格である方が、熱意を持って言葉を出せるでしょうね。


「自分で言って何だけど、ハナは自分の将来なんて興味あるんだ」

「命乞いの余興に俺の名を出す勇気への賞賛だ。一字一句に配慮しな。口を紡ぐだけでも死罪であることを忘れるな」

「はいはい」


 見た目が少し違うということはあるが、顔も声も昔見たハナと同じだ。

 強い殺意を感じているのにも関わらず、妙な緊張感は生まれていない。

 深呼吸を入れて落ち着きを入れよう。


 これを絶望的状況と捉えてはいけない。

 私が望んだハナに接触するチャンス。


 話を進めて情報を聞き出す。

 その後のことは、今は考えておかないようにする。


 …………

 …………

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