第65話:ロング・スローラー

「ルーミルは体幹が別段強いというわけでもないらしいから、ロング・スローラーは使いこなせなかったらしいよ」

「あのルーミルがねぇ。なろう小説の主人公みたいに、何でもできそうなキャラだと思ったけど」

「別にそうでもないよ。強すぎるから、なんか他のものも大きく見えちゃうだけで」

「あー……そうなんだ。じゃあ、今度遠征に行くときは、私が”せんせぇ”になって、ルーミルにロング・スローラーの使い方教えてあげないとねぇ……」


 勝てると思った部分を見つけたときには、ここぞとばかりにマウントを取っていかなければいけない。

 複雑な人間関係の中で、今後確実に重要になってくる心理戦とも言えよう。

 くくく、これからは肉が食べたい日を指定できるかもね……へへへへへへ。


「まぁでも、ルーミルは超循環の力だけで時速百キロとかで移動するから、ロング・スローラーはそもそも使う必要ないんだけどね」

「……へっ?」

「『私はちょっと苦手ですね……趣向的すぎるし、遅すぎて酔いそうです』って、確か言ってたかな」


 化物パワーで自らの身体能力をカバーするという強引技ってずるいと思いませんかね。

 神様、パラメータ振り分け間違ってません?


「ともあれ、そんなことできるのはルーミルくらいだし、リヌリラはおとなしくこれ使ったほうが良いよ」

「ま、まあそうだね。はは……」


 またしばらくは、お肉を自由に食べられない不自由な生活が続きそうだ。


「……ちなみにこれって、何ポンドくらい?」

「うーん、性能にもよるけど、高いやつだと機動性とかカスタム性が優れているので四十ポンド(約四十万円)くらいかな」

「いやん、豪快……」


 まだ、この時代のポンド札に触れたことがないってのに、いきなり大台の数字きましたわぁ……。

 私の所持金は、ポケットの中にジュース代の小銭がジャラジャラ。


 ルーミルは、私に大金をもたせようとしないので、あまり大それた買い物は現状できない。 厳しい時代になったものだ。主に私だけ。


「でも色んなカスタムを切ったシンプルな素のロング・スローラーなら、十ペンス(約五百円)くらいで売っているものもあるんだ」

「えっ、最初のやつと格差エグくない? 何? 高い方はプラチナかなんかで出来てるの?」


 私は貴金属になんて微塵も興味が無いのだけれど。


「高い方は、カスタムがすごいの。強靭さとか、乗りやすさとか。あとは超循環の力を馴染ませやすかったり、戦闘での武器として使うことも出来たりとかね」

「良さを極めたら青天井って感じなんだ」

「そういうこと」


 ドハマリしてしまうと、なんかの中毒になってしまいそうだ。

 カスタム借金なんて人がでなきゃいいけど。


「でも、そういう機能が全然ありませんよっていう安い方は、エントリーモデルとして発売しているから、低コストで販売できているんだ」

「確かに、そこらにいる少年少女たちも普通にロング・スローラー使っているもんね。私より子どもたちがお金持ちですなんて言われた日には、多分メンタル的に立ち直れそうにないもん」


 公園の広場でも普通に何人かの子どもたちがワイワイと楽しみながらロング・スローラーに乗っている。

 戦いで使うわけでもなければ、高いお金を積む必要もないということか。


「そんなわけで、リヌリラ。十ペンス(約五百円)でロング・スローラーが手に入れられるわけだけど、どうする?」

「ああ、そこで私に商売を仕掛けてくるというわけか……幼女のくせに商売上手な」

「ふふふ、私だって将来は立派な商売人になるんだから、今のうちから”せぇるすまぁけてんぐ”を極めるのは当然」


 商売人の子供、恐るべし。

 口車に乗せられて、いつの間にか私は蟻地獄の中心へと引き込まれていたというのか。

 ま、私はそんなステルスマーケティングなんぞに引っかかるような安い女じゃないから、どうでもいいんだけどね。

 大抵、口車が上手なだけで、実際は特別限定というわけでもないわけだし。


「ちなみに、今うちにある在庫は残り一個で、再入荷するのは二ヶ月後だったような……」


 ジャラジャラジャラジャラ……!

 ラジャラジャジャジャラララジャ!


 私のポケットから小銭が飛び交う音がした。

 スカートが一気に軽くなり、風通しが良くなった気がする。


「(……くくく、ちょろいものよ。だから商売人は辞められぬわ……)」

「……ん? 今、悪代官みたいな表情しなかった?」

「ううん、私、幼女だからわかんなーい♪」


 ああ、なんだ。気のせいだったか。


 ……

 ……

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