第26話:ファイブレード
メルボルンにある商店街
メルボルンの中心地には、巨大なマーケットが存在する。
食料品や衣料品、生活用品などなどが取り揃えられている場所で、私はその中で刃物を取り扱う一つの商店へと向かい、足を止めた。
「……あった、さすが大戦争時代。私の欲しかったマイナーなブツもちゃんと取り扱っている」
「リヌリラ、刃物屋で何を買おうとしているのですか?」
「狩猟用のナイフ。使いやすくて切れ味が良いやつね。狩りをしたとき、獲物の血抜きや道標を木に刻むときに使うんだ」
「ああ、確か狩猟をよくやっていると言っていましたね」
「狩人にとってナイフは体の一部。だから何も持たずにこれから悪魔と戦うというのは、私のポリシーに反しているの」
ナイフをくるくると数回転投げ回しながら、重さや使い心地を何点か試してみる。
常に体に装着させるものだから、重さや切れ味はもちろんながら、長さや鞘の質感、メンテナンスのしやすさ、素材と様々な点を細かく比較し評価していく。
「随分と慣れた手付きじゃないか。ナイフは得意なのか?」
「どうも。二歳の頃から触ってる。だから無駄にこだわりは覚えちゃってるかも」
若い店主が私のナイフ慣れに興味を示し、吸っていたタバコを捨て、私に話しかけてくる。
「何用がほしい? リクエストはあるか?」
「動物の狩猟用、ついでに悪魔狩りが出来るやつが良いな」
「随分とかけ離れた用途だこと。最後のやつは本当についでか?」
「複数のナイフ持つのは効率悪いからね。高くても一本良いのがあれば、研いでずっと使っていきたい」
「超循環士には自分の指を剣にする力があると聞くけど、それでもナイフを使うのかい?」
「あれとナイフは感覚が違う。鋭い刃先で相手の弱点を突くには、やっぱり物理的に性能が良いナイフを使ったほうが絶対いい」
超循環の力は一言で言うなら間接的な力の行使。
自分の体から自分じゃない力を出して攻撃するので、敵に当たったかどうかが気持ちスッキリしないこともある。
しかし、物理的なナイフは手の感触からあらゆる情報を確認できる。
私のように、超循環の力を覚えるのが遅かった人間からしたら、こちらのほうがやはり体が一番順応する。
「じゃあ、これはどうかな? シェルナイフ。ステンレス鋼をベースに錆びにくい防錆素材を練り込んだ代物で、研ぐ頻度は少々高いながらも数年使っていくことが出来る」
「うーん、出来ればメンテは減らしたいかな。面倒だし」
「なら、エミリーナイフ。刃先は短くハイカーボンステンレスを使った軽量型のナイフ。横に力を入れすぎるようなワイルドな使い方はできないけど、丁寧に使えば長持ちする」
「重さはあってもいいから、頑丈さは優先したいな~」
「重くていいなら剣鉈(けんなた)があるけど……刃が長い上に、他のナイフの二倍近くは重たいぞ」
「お、それ興味ある。見せて」
店主にそう伝えると、棚にかけてある内の一つを取り出して、私の方へと渡してくれる。
「名前は猟牙(りょうが)。アジアの職人が作り上げた代物で、ふんだんに堅牢な素材を集めて叩き抜いた代物らしい。重たいが、本気を出せば悪魔の骨も砕いて貫通させることも出来るだろうよ」
渡された剣鉈は、たしかにずっしり重くてナイフと呼ぶ代物とは言いにくい。
刃渡りは三十センチを超えており、短刀よりは短くとも、そうと呼んでもよいのではという長さ。
ブンッ……
ブンッ……
使い回すには少々素早さが足りない気がするが、グリップの部分が持ちやすく、肌触りも良い点が個人的には評価が高い。
アジアの職人というのは、随分とマメなところにこだわるものだ。
商品として納品してしまえば、後はどうでもいいだろうに。
「気に入った?」
「まあまあ。丁寧な作りに感動してる。私はナイフを雑に使うから、どこまで耐えられるか試してみたくなった」
「なら、それはもうあんたの物にするのが良い。ラッピングできれいに包もうか?」
「それは結構。あと値段はルーミルに聞いてほしいな」
「えっ、わ、私が払うんですか……!?」
「だって、私この時代のお金なんて持ってないもん。悪魔を殺すための必要経費なんだし、建て替えてくれると嬉しいな~!!」
「そ、その……建て替えるというのは良いですけど、ガチの刃物ってすごく高いらしいじゃないですか」
ルーミルがビクビクとした表情で立てかけられているナイフと値札を見比べていく。
普通の包丁が二十ペンス(約二千円程度)なのに対し、軍事用・狩猟用途もなると、十ポンド~二十ポンド(約十万~二十万円)程度の価格は普通につけられており、刃物を普段使わない人からすれば、大層な値段にビックリしてしまうことだろう。
「あ、あの……私、七十ペンスくらいしか持ってないですよ。今日の夕食に七面鳥を買うとなると、更に予算を下げなきゃ……」
「ちなみに、この剣鉈は十ペンス」
「……えっ、十ペンス? こんなにしっかりしたものなのに?」
「長くて重くて使いにくい。メリットに対してのデメリットが大きいから、なかなか評価が高くない。その剣鉈も五年位は売れないで放置しているから、正直邪魔で困ってたんだ」
若い店主が剣鉈の置かれていた棚の値札を指さしてルーミルに見せる。
ホコリが被りカピカピになった古ぼけた紙に、十二ポンド、七ポンド、一ポンド、五十ペンス、十ペンスと、値下げしては斜線を書いてというのを幾度となく繰り返された痕跡が見て取れる。
最後に書かれた十ペンスの紙でさえも、随分と昔に書かれていたようで、既に文字が掠れかかっている。
「本来なら売れん商品は、一定期間後に作り主に返品するんだが……あいにく、そのアジア人が納品直後に食道ガンで無くなっちまったようでね。返すに返せないという状況だったんだ」
だから、ずっと店において貰い手が現れるのを……って。
「……それってもしかして、在庫処分しようとして私にオススメをしてきたっていうことになるよね」
「バレた? 初めて見る顔だし、いい感じに引き取ってくれたら嬉しいなーって思って軽い気持ちでおすすめしてみたんだけど」
テヘッと笑ってごまかす店主。
商売根性が強いというかなんというか。
まあ、値段がぼったくり価格じゃないという点では良心的な思考の持ち主なのだろうが。
「まあ……それなりに気に入ったから良かったけどね」
「そうそう。世の中には特殊な性癖やニッチな思考を持ったトリッキーさんがいるからね」
「……ん、もしかしてバカにしてる?」
「ううん、全然。世の中広いよねっていう世間話をしていただけじゃないか。ね?」
ハハッと笑って軽く流す。
接客商売だから、そういうトークは場を盛り上げる一時的なノリなのだろうな。
私もあまり気にしてはいけなそうだ。
いけ好かないといえば、事実ではあるが。
「ルーミル。これなら買ってもいいかな? 普通の包丁よりでかくて安いって、相当オススメだよ」
「ま、まあ……これくらいでしたら」
先程の十ポンド以上の値段コースを見た後の十ペンス。
冷や汗ダックダクだったルーミルも、少し安心した表情でいる。
「もしも使い勝手に違和感があったらまたおいで。駄賃貰えばいい感じに調整してやんぞ」
「ありがとう、私、ナイフのメンテすごく苦手で、研いでもなんか刃こぼれしていたんだよね」
「ま、せいぜいぼろぼろになるまで使ってくれや。その分だけ、オーストラリアが平和になっているということだからな」
店主は十ペンスと書かれた数字に斜線を入れ、五ペンスと書き換えルーミルに見せる。
値段の下には『メルボルンの新たな救世主に捧ぐ』と。
なかなかイカすことをしてくれる。
今度また、機会があったら行ってみようじゃないの。
「刃物のことなら、刃物職人ヨンビにお任せ。みんな、宣伝よろしくな!」
……
……
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