第21話:悪魔を殺す覚悟

「先程の話を掘り返します。私は近い未来、ハナを封印するために銅像化するのだろうという話をしましたよね?」

「う、うん」

「しかし、私が初めてハナに出会ったときの感想は、銅像化をしてまで倒さねばなんて考えるほどの驚異ではありませんでした。同等の強さか、もしくは私が若干強く、倒せるのではないかという評価をしているくらいです」

「ルーミルがハナに勝てそうなの?」

「ここ数年前までは、ずっと引き分けで終わっていますけどね。勝てずにいますが、負けるということでもなかったです」


 ルーミルはぐっと拳を握り。


「しかし、ここ一年位で変化がありました。ハナが少しずつ強くなっているのではないかという状況です」

「ハナが……強く?」

「オーラが強くなったというのでしょうか。一撃一撃の攻撃が少しずつ重くなってきています。私も今までよりも強い守りと攻めをしていかなければと、深く注意をしています」

「もしかして、さっき会った子どもたちが、ルーミルがよく怪我をって言ってたのは……」

「ハナです。最近は引き分けで終わるというよりは、私が巻いて戦場から引くような形をとっています。正直言って、このままでは負ける未来が待っているのではないかと懸念しています」


 ルーミルは険しい表情で説明を続ける。


「私が近い未来にハナを銅像化で巻き込むということは、これ以上強力になってしまえば、私の力ではどうにもならなくなってしまうという懸念を感じた結果なのでしょう。つまり、リヌリラの時代で銅像化から開放されたハナは、確実に私でも太刀打ちできません」

「その……つまり、今の時代のハナであるならば」

「倒せる可能性は、まだ残っているのではと想定しています」

「ルーミルが倒せないというのに?」

「未来からリヌリラが来てくれました」

「私、見ての通り、戦争では役に立たなそうなのに?」

「素質はあります。だから今日、訓練をしました」


 なるほど、どこかで辻褄が合うような気がした。

 どうりで、この世界で過ごす術についてを丁寧に説明してきたと思った。

 私が、この時代に残らなくてはいけないという運命だったからか。


「それに、この時代には私がいます。私自身、未来に行くことは出来ませんが、この時代でなら力を貸せる」

「まだ完全なる強さを手に入れていないハナを、私とルーミル、そして他の超循環士も」

「数千の戦闘のプロをバックにハナに戦いを仕掛けることが出来ます」

「心強いって言えば良いのかな? はは」

「死んでも生き返らせてくれる仲間がいると思えば、どんなに苦しくても戦えます」


 ここまで仲間意識をもって生き抜いていたというのは正直知らなかった。

 様々な思考を持った人間が多い中で、戦争を通じて強い団結力を形成していったのだろう。


「でも、どうして私にハナを託すの……? ずっとルーミルが追っていたというのに」

「リヌリラ、想像してみてください。あなたの元の時代、リヌリラを刺した後のハナの行動についてを」

「は、ハナの……行動……」


 思わず生唾をゴクリと飲んだ。

 人を殺すことを本能的に求める悪魔、ハナ。


 私を殺しただけでは多分満足をしないのだろう。

 集落の人間を片っ端から探しては殺すだろう。

 もしかしたら、様々な場所に周って人を惨殺していくのかもしれない。


 その欲求はどの時点で止まるのだろうか。


 もしや……

 世界の人類が全滅するまで……


 その惨状が、私の倒された後に……!


「…………っ!」


 思わず過呼吸になり、うまく状況を整理できなくなった。

 私の周りの大事な人たちが死ぬ……!

 私の知らないどこかの誰かたちが死ぬ……!


 世界の崩壊をのんびり待つゆっくりとした生活に、絶望が訪れる……!


「あっ、あぁ……あぁぁぁぁ……! は、早く助け……いや、に、逃げない……あぁぁぁ……!」

「リヌリラ落ち着いてっ……!!! 今は西暦何年!? この場所はどこ!!? 悲劇はこの場所で起きているの!!!??」

「ひ、悲劇……」


 辺りを見渡し呼吸を整えようとする。

 午後二十三時四十分、静かな夜が私たちを包み込んでくれている。


 私を刺したハナは、このメルボルンにはいない。

 イデンシゲートの内側である、この場所は平和。

 平和であり、目の前に惨状はない……。


「落ち着いて、落ち着いて。ゆっくり呼吸をすればいい……そう、そう、その調子……」


 ルーミルは私をガバっと包み込んで、動揺する気持ちを抑えようとする。

 ひとりでに暴れようとする手足であったが、人の体温を感じ始めると、次第にその恐怖は落ち着きを見せ、ゆっくりと私の呼吸を整えさせてくれる。


「未来は確かに危険な惨状があるのかもしれない。でも、でもね……あなたは時代を遡ってここにいる。過去で未来を変えるための行動を選ぶことが出来るの」

「……未来を、変える?」

「本来の歴史なら、私がハナを倒しきれずに封印してという流れだけれど、歴史は改変されて、この時代にリヌリラという存在が現れた。その時点で、以降の歴史が確実に変化をもたらすの」

「私の、存在で?」

「あなたの行動全てが、歴史の全てを変化させる。そう……悪魔を殺した事実も含めて」

「……私がハナを殺すことが出来れば、未来の惨状を回避できる……?」

「少なくとも、あなたが見た未来を変えることは確実にできる!」


 ルーミルは力強く私に言う。

 そんな言葉に、私はとても安心することが出来た。


「あなたに気持ちがあるならば、私と同じか、それ以上に強くなれる。もしも、ハナに対して想定以上の力を与えられれば……」

「倒せる可能性は格段と上がる」


 ハナを殺せば、未来が変わる。

 悪魔を殺せば……

 戦争に、勝てば……


「……ルーミル。私、やる。ハナを、殺す……戦争に、向かう」

「……心の整理はできたのですか?」

「……その、出来たといえば嘘になるかもしれないけど、不安なところは残っているかもしれないけど。でも、やらなきゃいけないっていう決心は出来たかもしれない」

「そう……逞しいですね、リヌリラ」

「ルーミルという信頼できる人がいるからね」

「私、今日始めたあなたに逢ったばかりですよ」

「ふふ、信頼に時間なんて関係ないよ。私が信じると言ったら信じるの」

「わかりました。ありがとう」


 ルーミルは私に一言そうつぶやくと、そのまま私をベッドの方へと押し倒した。


「明日からは更に運命を受け入れるための訓練をしましょう。色々と辛いところもあるかもしれません。せめて、今日はゆっくりと、夢の中へと落ちていってください」

「う、うん……」


 ルーミルの優しい言葉に安心を感じた。

 辛い選択を乗り越えられた。


 だから今日は、ゆっくり眠りたい。


 ……

 ……

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