第2話:世界の終わり見る毎日
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【Tips001】超循環士とは
超循環士とは、この世界に数十万人存在する人間のことで、あらゆる素材を自身が活用する力に変換することが出来る。
腰に付けた循環ポケットに素材を入れ、それが背中のカバン型循環機器で加工され、最後に利き手の手袋へと力が生成される。
これらの加工機器のことを総称して『循環キット』と呼称する。
超循環士は魔法使いではなく、素材を加工して吐き出すことに適応できた人間のことだ。
……
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そして村へと帰還する。
私の住む、隠れ家へ。
「はぁ……はぁ……げぇ……」
「ああ、リヌリラ。今日は随分と重たい荷物を担いでいるじゃないか」
「ぐ、偶然ね……イノシシを捕まえられた……からね……はぁ……」
力に自信があるとはいえ、流石にイノシシは重たすぎた。
超循環の力を使い、剛力葉で私自身の筋力を上げ、躍動羽で百キロを超えるイノシシの重力をある程度、軽量化させたが、それでも長時間の運搬は私を疲弊させるには容易だった。
隠れ家の近くで洗濯をしている男性が一人、名はハナだ。
外出が多い私に代わって、家のことを頼んでいる家政婦さんのようなもの。男だけど。
ハナは移動商人として仕事をしているが、しばらくこの付近で色々とやりたいことがあるようなので、住み込みで働く契約をしている。
「ハナ、これ調理できる。さっき狩ってきたイノシシなんだけど」
「ああ、なんと大きなイノシシを取ってきたんだ。プロの猟師顔負けじゃないか」
「おほほ、伊達に外出は多くないですわ。今回は六十点と言ったところかしら」
「クソエイマーと言われているのに? イノシシだって馬鹿じゃないだろう?」
「私よりも馬鹿なイノシシだっている。上を見るな、下を見ろ!」
「そこは強く否定する部分だと思ったんだけどね。ま、リヌリラが良いと言うならそれでいいけど」
ハナは片手を差し出し、私の担いでいるイノシシを渡すようにいう。
いや、百キロ超えているんだけどと思いつつも、そういえばと思い出し、そのままハナの方へとイノシシを渡す。
「よいしょっと、ああ。良い筋肉付きじゃないか。さすが野生の肉、期待できる」
「ちなみに、お腹いっぱい食べたいってなら、どんな調理ができる?」
「がっつくねぇ……まあ、捌いて骨付き肉の丸焼きにして、後は加工して長期保存なんてのはどうだ?」
「それ」
ハナはオーケーと一言言うと、そのまま軽々とイノシシを持ち、調理場の方へと移動していった。
片腕でイノシシを持ち上げられる腕力にすげーと感じながら、私はドサッと粗末なソファーに座り込む。
久々の肉には、可能な限り感動を求めたい。
釣り上げた干し魚を消化していく毎日には本当うんざりだったからね。
生活のために生きていくというのは、程々にワイルドな体験は出来るけれども、慣れれば刺激なんてものは一切失われる。
ただ、食えるか食えないか。
そんな単純作業の毎日になり、次第に退屈しか私の心を支配しなくなる。
「どうして、こんな時代になってしまったんだろうなぁ……」
仰向けに寝そべり、ソファの少し腐りかけた木の香りを嗅ぎながら、私は軽く考える。
「過去に長い長い戦争があって、それで多くの人と悪魔が亡くなってしまったからだろう?」
厨房で調理をしながらハナは私の独り言に応える。
「もう、同じこと言うたびに、同じ返事を返してくる」
「同じ疑問には、同じ返答しか出来ないぞ。これが歴史の事実なんだから」
そうではあるけれど……
「この世には昔、人と悪魔という二つの生命体がいました。彼らは種族の壁を越えられず、差別を繰り返していくうちに、戦争を始めてしまいます。人と悪魔は戦いで生命や自然、そして星を確実に蝕んでいきます。最後は、人と悪魔の衝突による増大化したエネルギーで星にビッグバンが発生。星は二つに分断されて、一つには人間が、もう一つには悪魔が土地に取り残され、多くの死と共に争う相手を失い、荒廃のままに六十年という長い年月が経過しましたとさ」
「本当に事実か疑わしい話だけれど」
「少なくとも、星は物語っているだろう?」
「……まあ、うん」
私が生まれたその日から、世界は半分に分かれていた。
……いや、私の住む時代の前から、ずっとずっと過去には、分断されていたらしい。
空を見れば分かる。
星の核からエネルギーが宇宙に向けて漏れ出している姿が見えるのだ。
真っ赤に染まったマグマのようなそれは、数ヶ月に一度、上空に向かって噴火する。
大きな地震とともに大地は震え、噴火のたびに、大地のどこかが腐敗する。
世界が確実に崩壊するように。
「でも、俺たちが生きている間は完全に星は滅びないと言われている。子孫を残さなければ、誰も終わりを見なくて済むのは幸いだ」
ハナは少し明るさが消えた様子で物語る。
「自分のせいじゃないのに、生まれた瞬間から慢性的に不幸だなんて、私はちょっとムカッとする」
「怒ったところで運命は変わらない。少なくとも、争いが完全になくなったというのは、俺たちにとっては『幸運』だと思わないか? 戦う必要も、殺される危険も無いんだぜ」
「世界が半分に分断されていても?」
「さあね。自分を不幸と感じたことは今のところ無い……幸運を知らないから、少しの甘味に反応しやすいのかもしれないけど」
求めなければ、生きる術は残っている。
だけど、それじゃあ死ぬために生まれてきたようなものじゃないか。
生まれた瞬間から死の恐怖におびえて生きていかなくてはいけないなんて、
そんなの――
「……生まれた意味が無くなっちゃう」
「また言い出した」
「無欲のハナとは気質が違うの。せめて、現状を変える何かに触れるくらいは達成してから死にたい」
「そうは言っても、何をやる? 星と星をくっつける接着剤を発明? 噴火を止める成分でも調剤? それとも……」
「いいや、私にその手の知識がないのは知っているでしょう? それ系は、頭が冴えすぎてハゲたジジイどもが、暗い部屋にこもって研究し続けているからいいのよ」
「じゃあ、結婚とか。先月二十一歳になったし、ちょっとは考えるのかなって」
「さっき、子孫を産まなければ子供が不幸にならないと言ったばかり」
「子供を産まなくても、夫婦でのんびり過ごすという幸せだってあるんだよ」
「あいにく、その手の話には興味がなくて。結婚なんて、自らの躍進に歯止めをかけるストッパーでしょう」
「……頭が硬いなぁ。最近楽しいこと無かった?」
「いいから、はやく料理お願い。胃が叫んで耳が痛い」
「はいはい」
結婚という言葉に提案を貰うも、どうしても私には興味がない。
互いに楽に暮らしたいと言うなら、集落を作って助け合えばいい。
そのほうが、仲間も多くて楽しい。
……
……
……疲れた。
今日は一日中、都市の中を駆け巡り続けていたせいで、体がとてもヘロヘロだ。
イノシシを追いかけ運んだことで、もう体力は皆無。
この後、肉が完成するだろうけど、
それまでは……
少しだけ休ませて欲しい。
「…………」
私は目を閉じ、少しだけ。
そう念頭に置き、昼寝に近い睡眠を開始した。
……
……
三十分ほどの仮眠だったが、こんな夢を見た。
超循環の力についてだ。
森の中には、熟れて地面に落ちた果物がある。
やや腐りかけで甘味が強く、小さな昆虫たちが食事を求めてやって来る。
様々に集まる昆虫たちの中には、食事をすることで脱皮するものがいる。
アオハゲという、チョウチョのような昆虫だ。
常に脱皮を繰り返すことで、自らの皮膚を強化し、自然の中で長く生き続けられるように生命体の遺伝子が変化した性能がある。
二年ほど生き続けたアオハゲの殻は、天日干しすると、鋼鉄に匹敵するような堅さになる。
それを超循環の素材として使えば、自身を守る鎧になるのではないか。
凶暴なライオンやサイなどに噛まれたとしても、1度は身を守れそうな気がする。
今度、試してみようか。
………
……
…
「…………」
横になって仮眠を取ると、どうしても頭の覚醒が鈍りやすい。
疲れが残っている中ではあるが、せっかく取ったイノシシの肉を食べ逃すというのは更に良くない。
私は重たい腰をゆっくり上げて、良い匂いのする食卓の方へと向かう。
「ああずるい! 私より先に食べてる!」
「ああ、起きたかリヌリラ。肉の匂いに釣られたか」
「本能が肉に呼び寄せられた。私が獲ってきた肉なのに……」
「調理をしたのは俺だ。食材を最大限に活用出来ないお前に代わって、丁寧に丁寧に焼き上げたんだぞ」
「うぅ……」
言い返せないのが妙にむず痒い。
確かに適当に調理するだけでいいなら、調理師なんて存在しない。
「ほら、ハナさん特製のこんがり骨付き肉。焼きたてだぞ」
「うわ~すごい! デカ肉だ」
ハナが手渡してきたものは、こんがりと焼き上げられた骨付きのお肉。
表面はカリッカリに焼かれており、肉汁が今にも飛び出しそうな勢い。
「本当は一口大に捌きたかったんだが、リヌリラはこっちの方が好きなんだろ?」
「さすが、分かってる。肉は効率良く食べるものではない。ビジュアルと気持ち的ナニカで本能のままに齧り付くのが人としての信念と言えるのだ!」
「文章としては全体的に長く意味不明だが、とりあえず誠意は伝わった」
ハナの横槍を軽くスルー。
今は肉だ。ガブッと一口喰らいつく。
「ん~、美味~! さすが自然を走り抜いたイノシシ。筋肉が締まっててとても美味しい!」
「野生の味を味わえるように、あえて塩コショウをすりこんだだけにした。塩味が効いて美味いだろ?」
「さすハナ。ハナさす!」
女性としては、あまり上品味がない食べ方だと言われそうだが、味の旨味に男女の違いなんて無い。
体に取り込み血肉となる締まった肉は、人の本能がかぶりつけと強く命令を出している。
狩りに数時間掛けて疲れた体は、肉を取り込むと同時に脳内から幸福という言葉を連呼しながら私の心に通達を出し、喜びを分かち合っている。
かぶりついた部分から、肉汁が漏れだそうとしているが、それを逃すまいと、すするように口を近づけ、更にガブっと肉に喰らいつく。
そうして、じっくり焼き上げたイノシシの肉は、ものの数分で私達の胃の中へと消えていく。
「あぁ……毎日肉を頬張りながら自堕落な生活を送れるなら、私は幸せかもしれんなぁ……」
「養豚場でも開業したらどうだ? 毎日肉が食い放題だぞ」
「生き物の世話をするなんてパス。餌を与えるだけならマシだけど、あらゆる独特な匂いを我慢しながら掃除をしたり、出荷の際には色々と血なまぐさいシーンを見なきゃいけないし」
「面倒くさがり屋のリヌリラには縁のない話ってか」
「ハナがずっと世話をしてくれるなら別だけど」
「勘弁しろよ。家事以外の部分にテリトリーは持ってねえ。他を当たってくれ」
「ちぇ……」
自堕落な毎日の肉放題に可能性を感じていたというのに。
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