モノポリー・ラヴ

ごんべい

モノポリー・ラヴ


 新藤 かなたは生徒からの憧れだ。

 美しく、賢く、なんでもできる、完璧な少女だった。私の知る新藤かなたは、今も昔も同じ。


「結、遅れてごめん」

 旧校舎の教室に、新藤かなたがやってきた。いつもどおりの時間。かなたはいつも少し遅れてやってくる。

「新藤先輩、これ……」

「ああ、うん。ありがとう、ゆい。それから、今は2人きりなんだから、そんなよそよそしい言葉遣いじゃなくて大丈夫だよ」

「あ、そうだね、かなた。つい癖で」

 

 かなたは私の幼馴染だ。1つ歳が違うけど、幼稚園の頃からずっと一緒。さすがにその頃の記憶は曖昧だけど、かなたはもう小学生ぐらいの頃から、周囲の子たちとは違っていた。

 勉強もできて、運動もできて、おまけに綺麗で性格も落ち着いていて嫌味がない。男女問わず人気で、特に後輩からの人気はすごい。

 かなた様なんて呼ぶ女子もいるぐらいだから、漫画の世界にでも迷い込んだ気分になることがある。


「また結を通してラブレター、か。返事は直接しておくから、気にしないで」

「うん……。それで、どうするの?」

「どうするって、差出人の男子とは特に関わりもないし、振る予定だよ」

 

 私が入学してから半年ぐらいだけど、かなたは1学期だけで、5通ぐらいはラブレターをもらってるはず。2学期に入ってからはもう3通目。1ヶ月に1人以上の告白を受ける人生というのは、全く想像がつかない。

 

 夕暮れ時の旧校舎の教室には私とかなただけ。ここが私たちの密会場所だ。

 差し込む夕日に照らされたかなたの姿は、芸術作品みたいに美しい。現実離れしていて、幻想的で。

 艶っぽい黒髪が緋色に染まって、静かに燃えている少女のような、絵画。

 私みたいに、そのへんにいるような女の子じゃ到底釣り合いそうもない。


「私には、結しかいないんだから、結以外のことなんて、どうでもいいんだよ」


 そういうと、まるで私を黙らせるように私の口を塞いだ。

 唇と唇が混ざりあうような不思議な感覚にはいつまでも慣れない。

 1度目は軽い口づけ。2回、3回と回数を重ねるごとに、まるで貪るように私を求めてくる。

 自分の唾液とかなたの唾液がないまぜになって、脳が少しだけ痺れるような快感と、あのかなたが、必死になって私を求めているという、優越感と、そんなふうに感じてしまう自分への嫌悪感で、ぐちゃぐちゃになりそうだ。


 かなたとのキスはいつもそう。色んな感情に身体を支配されて息苦しい。


「結、かわいい」

「ん……っ」

 

 ここは学校だ。だけど、お互いの家でこんなことできるわけがない。少しでも声を聞かれたら終わりだし、それに比べれば旧校舎の教室なんて、誰も来ない場所のほうがよっぽど安全な気がした。

 だけど、かなたは、そんなことより学校でキスをしているという背徳感に酔っているような気がするけど。


「結は、私と付き合うの、嫌?」

「え、どうして……」

「だって、ラブレターをもらったのに、どうするの、なんて。もっと嫉妬してくれていいのに」


 普段のかなたからは想像もできないような、拗ねた声で私に甘えてくる。キスのあとは、膝枕だ。

 私を見上げるかなたの顔は少し不機嫌なように見える。


「嫉妬っていうよりは、不安、かな。かなたは私なんかより、ずっと凄い人だから。私より、もっと相応しい人がいるんじゃないかって……」


 最初に告白されたとき、何かの冗談かと思ったぐらいだ。

 だけど、かなたの瞳は真剣だったから、私も真剣に答えて、それで付き合うことになった。

 かなたと付き合えば、かなたを独占できると思ったからだ。今までの幼馴染の関係より、ずっと深く繋がることができる。

 

 それは恋愛感情というよりは、独占欲とか、支配欲に近いかもしれない。

 私みたいな平凡な女の子が、いつまでも幼馴染というだけで彼女のそばにいることなんてできるはずもない。

 私は光に誘われてやってくる、そこらの虫と大差がないことを自覚するたびに、彼女に相応しくない自分に絶望する。


「結、不安なのは私も一緒だよ。だから、君を誰かに奪われないようにしたんだ。君と恋人になれば、もっと深いところで繋がれる。そうすればもう、他人からの干渉に怯える必要もないから」

 

 そう言いながら私の頬を撫でる。


「私はね、結。不安だった。君が1年遅れて学校にやってくることが。たしかに私が中学校を卒業してから、結とは学校では会わずとも、家では何度か会ったね。だけど、私の見てないところで、君が誰かに言い寄られていないか、とても心配だったよ」


「そんな、私なんて誰かに告白されたこともないし……」


「結、それは私がそうさせなかったからだよ。結が見てないところで、私は結に近付こうとする人間を排除してきた」


 よく、分からなかった。言っていることが。

 私にそんな告白するなんていう生徒がいたことも驚きだし、いくらかなたが凄いと言っても、ただの生徒に他人を排除するなんていうことができるんだろうか。


「信じられないって顔してるね。だけど、幸いなことに、私は後輩からも慕われていてね。そういう情報を手に入れることは簡単だったよ。中学でも高校でも。この学校は一貫校だし」


 想像することはなんとなくできる。かなた様、なんていう女子がいるぐらいだから、あそこらへんの生徒を抱き込めばそういうことをするのは簡単だったのかもしれない。


「どうしてそれを、今、言ったの。私に嫌われるかもしれないのに」


「君が不安だと言うから。私がどれだけ結を愛してるか伝えれば、その不安も拭えるかと思ったんだけど、私のこと、嫌いになった?」

 

 ゾクリとするほど、綺麗な顔だった。

 蠱惑的な瞳を見たとき、私は自分が勘違いをしていることを悟った。私がかなたを独占しているんじゃない。私がかなたに所有されているのだ。


「ううん、もっと好きになった」


 口づけは所有の証。かなたから与えられるキスからは、もう快楽の味しかしなかった。



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