第17話 社長の計画

 

 もう一人、知った顔がいた。ぼくが社長と初めて呑みに行き、崩れて社員寮で寝込み、翌日タクシーで送ってくれた男だ。

 

「たしか、イチカワさんでしたよね、お名前?」

 

 ぼくは男に言った。男は最初に会ったときと同じく、短髪で鋭い目つきだった。

 

「私、名乗りましたっけ?」

 

「病院に連れて行ってもらったとき、診察室に入る前に医者に名前を告げていました」

 

「あぁ、なるほど」

 

「あなたも同じ転生者だとは、あのときは夢にも思いませんでした」

 

「私もあのときは聞かされていませんでした。もっとも、サシで呑むには不自然なつり合いだと思いましたが」

 

「その私との最初の呑みの場で……」

 

 そこで社長が、話に入ってきた。

 

「君は、頭の中はチョコレートだけで、チョコを食べられるのであればなんだってすると、酔ってしきりに言っていたんだ。それで、ジランジア行きを持ちかけたと言うわけだ。たしかに、独裁国家への派遣などというのは、こちらも気が引ける。しかし君の思いがとても強く感じられたからね。むしろチョコのために行動できないなら、死んでもいいという感じだった」

 

 ぼくは、自分の言った言葉を思い出した。たしかにぼくは、うなされたようにその言葉を言っていた。ぼくにも、社長のムチャぶりを誘発させた一因があるのだ。

 

「ではみんな、聞いてくれ」

 

 社長がぐるりと見まわしながら言った。

 

「私は、あの現実世界にあって異世界にない食品を、なにかひとつ、大々的に世に広げることを画策していた。ようは、ライフワークというやつだ。自分の人生において、これをやり遂げたぞと誇れる金字塔といっていい。その食品を、実務をこなすのと並行して、ひたすら考え続けていた。そしてようやく、それが決まった。チョコレートだ」

 

 その言葉に、ぼくの身体がしぜんと前のめりになった。

 

「チョコレートなら、現実世界で世界中に広まっていたという実績がある。この異世界で開発すれば、きっと現実世界と同じような広がりを見せるにちがいない。以前から、異世界にチョコがないのは認識していたが、しかしチョコの原料がないので頭の中のリストからはじき出していた。しかし、ここで状況ががらりと変わった。カカオ豆に関する情報をつかみ、そしてチョコを偏愛する人物が現れた」

 

 社長は片方の眉を上げてぼくを見た。

 

「そこで、そのライフワークの食品に、チョコレートというものが一気に浮上してきた。今後私は、世界に普及させる食品をチョコレート1本に考えていこうと思う。差し当って、この私の『チョコレート計画』に君たちが乗るかということを確認したい。どうだろう?」

 

 社長が険しい表情で、ぼくを含めた4人を見まわした。

 


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