第13話  社長との約束

 

「君はもしかして、こんな異世界で就職して働いてなんになるって思ってんじゃないかな」

 

 ぼくはこの言葉にも頷かざるを得なかった。そのとおりなのだ。

 

「そうだよな。おれもそうだった。この世界に来てしばらくは、なにもする気が起きなかった」

 

 自身が通過したことなので、ぼくの気持ちが手に取るように分かるみたいだった。

 

「はい。まったく、なにもやる気が起きないんです」

 

「なにもかもが、意味のないことのように思えて?」

 

「そうです」

 

「分かるなぁ」

 

 言いながら社長は腕組みをした。ぼくの現在の無気力が、手に取るように分かるのだろう。そして、これといって解決策のないことも……。

 

 ぼくも社長も、黙った。しばらくじっと、テーブルを見つめているだけだった。

 

 異世界に来てぼくと同じように無気力になってしまった社長が、なぜ会社を立ち上げ、ここまで大きくしたのかは分からない。そのところは関心があった。しかし無気力がそれを上回る。聞いてみたい気持ちよりも、聞いてどうなるという投げやりな感情が強かった。それでぼくは、じっとうつむいていた。

 

「今はでも、おれが何を言ったってだめだろう。流れに任せて、じっと考え込んで、悩むのもいいかもしれない。どうだろう、1週間後にまた会わないか。今度はどこか外で。軽く飲んで話そう。君は二十歳を超えてるから、酒は大丈夫だよな。この世界も法律は一緒だからな」

 

 社長はまた笑った。そして社長はその場で店を予約すると、場所と時間を簡単に説明した。

 

「予約した店は個室だから、今日のようなことも遠慮なく話せる。ゆっくり話そう」

 

 社長はそして、送り出し際、

 

「あぁ君、なにか自分のなかで変わったことないか?」

 

 聞いてきた。

 

「変わったこと、ですか?」

 

「うん。そうだなぁ、例えば、なんだかいきなりできるようになったこととか、覚えた記憶のないものが詳細に頭の中に入っているとか」

 

「いえ、特には……」

 

「そうか。もしかしたら、まだ気づいていないだけかもしれないな」

 

 社長は今度、呟くように言った。

 

 男性社員に連れられて門まで来たぼくは、あらためて会社すべてを見まわすと、頭を下げて駅へと向かいだした。いったいこれほどまでに急成長させたのは、どういった気持ちの変化があったのだろう。ぼくもこの世界で生きていくうちに気持ちに変化があらわれ、こんなことを成し遂げるのだろうか。

 

 でも、今の自分には考えられなかった。正直なところ、1週間後の社長との約束も気が重いくらいだ。もしかしたら自分は社長との約束をほっぽってしまうのではないか。引きずるような足取りで駅へと向かいながら、ぼくは自分のことを他人事のように考えていた。

 

 


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