第11話 話は意外な展開に……
「懐かしいな」
社長が呟く。
「えっ……、なつ、かしい、って言いまし、た?」
声の小ささと、予想外の反応だったことから、ぼくはイマイチ聞き取れずに聞き直した。
社長はでも、ぼくの問いには答えず、今度、目を閉じた。そしてしばらくじっとしていた。肩も、頭も、動かない。閉じた瞼だけが、ごく微かに震えているように見える。思案しているのか、あるいは気持ちを落ち着かせているのか。いずれにしても、なんとなく声をかけにくい雰囲気を醸し出している。
ぼくは伏し目がちにその社長を見続けていた。どのみち今のぼくには急ぐものなどない。ここを辞去しようと思ったのは、社長を気遣ってのことなのだ。社長が大丈夫なのであれば、ぼくの方としては何時間居続けてもかまわない。
ドアの外は事務室になっていて、さまざまな音がここまで流れてきている。声、足音、機械音……。混じり合って、ひとつひとつは分からない。でも多くの人間がせわしなく動きまわっていることは、感じ取れる。そのとなりで、仕事とは関係のない内容で言葉を交わし、それが引き金となってここのボスが動きを止めてしまっている。考えてみれば、実に奇妙なことだ。
時間にして5分ほどだろうか。長く感じたその社長の瞑目が、ようやく解けた。目を開け、そして頭をうしろに引きながら、
「チョコ、好きだよ。いや、好きだったよ、と過去形で言った方がいいな」
と、ぼくの目を見ながら言った。今度はぼくが目を見開く番だった。
「社長さん、チョコを知ってるんですか?」
社長とは反対に、ぼくは前のめりになる。
「あぁ。知ってる。すっかり忘れていたけどね、ここにはないものだから。でも君に言われて思い出した。あの味もな」
ここにはない? じゃあどこにある。現実世界だ。では、この社長も現実世界から来たというのか!? ぼくは、さらに目を見開いた。もうこれ以上はむりというほど。この社長がチョコを知っているのであれば、そうとしか考えられない。
社長がツイと立ち上がり、窓際へと向かう。ぼくはそれを目で追ったまま、言葉が出ない。社長は日差しの強い通りの眺めを見ながら、
「君が今何を考えているか、当ててみようか」
背中を向けたまま言った。なんだか、ドラマか映画の一場面みたいだなと思いながら、じっとその背中を見つめていた。
「チョコを知ってるなんて、自分と同じ世界から来たんじゃないのか!? 君は今、そう考えていただろう」
言いながら、社長は振り向いた。
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