第6話 チョコを想って引きこもり

 

 なんだか、体が重く感じる。だるい。とても重いのに、それでいてフワフワしている。

 

 チョコに焦がれて、心の病になってしまったかのようだった。

 

 ―― こんな状態なのに、出掛けるのかぁ。

 

 田名瀬のおじさんの会社に、これから行かなければならない。とても気が重い。なんで約束なんかしてしまったのだろう。

 

 田名瀬はぼくの就職のことを心配して、セッティングしてくれた。でも正直なところ、今は就職なんて考えられない。異世界で就職してどうなるというのだ。バカバカしい。もっともチョコに狂っていなければ、ここまで自暴自棄になっていなかったかもしれない。ぼくはでも、もうこの世界でまともに生活する気が吹き飛んでいた。どうにでもなれ、という感じだった。

 

「行ってきまぁすぅ」

 

 間延びした声を掛けて靴を履いていると、びっくりした顏の母親がキッチンから顔を覗かせていた。それはそうだろう。ぼくはここ1週間、まったく外出しなかったのだから。トイレなど、どうしてもというとき以外部屋からも出なかった。風呂も浴びないし、学校にも行かない。腹はへらなかったが、食事を運んできたので一応口にした。

 

 昨晩遅くにのどが渇いて階段を降りると、キッチンで深刻な話し合いが行われていた。

 

「引きこもりになっちゃったのよ、あの子」

 

「うーん、もう1週間だもんな。ちょっと話しに行ってみるか」

 

「もうちょっと待って。今はあんまり刺激したくないの。こじれてこのままになっちゃったら……」

 

「そうだなぁ。うーんむずかしいなぁ」

 

 ぼくはそっと階段を上がって部屋に戻った。すまない、異世界のおとうさん、おかあさん、と心の中で詫びを入れながら。しかし申し訳なく思っても、チョコへの思いが消えぬ状態ではどうしようもない。チョコは、現実世界の母親や家族、友人に繋がる、ぼくにとって嗜好品を越えた存在なのだ。

 

 そんな心配をしているところに、ぼくの突然の外出。自殺でもするんじゃないかという、不安な表情を浮かべていた。

 

「ちょっと田名瀬に呼び出されて」

 

 不安を払しょくさせるため、ぼくは重い口を開いた。言葉を発するだけでもだるい。でも、母親はホッと安堵の表情に変わった。

 

「戻りは?」

 

「うーん、夕方かな」

 

「そう。ご飯なにがいい?」

 

「チョ……」

 

 チョコと言いそうになったぼくは、あわてて言葉を切る。無意識のうちにこの言葉が出てくるなんて、もうぼくは本当におかしくなっている。

 

「……っとまだ分からないな。テキトーでいいよ」

 

 ぼくは玄関を出て、重い体を引きずるように駅へと向かった。めんどくさいめんどくさい。唯一の楽しみは、その食品工場のおじさんにチョコのことを尋ねるというだけだった。

 

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