第57話


「まずは貧乳ちゃん達の身体強化がどれくらいのものかを見せて頂戴?」


 そう言って、アリアは最初に冥達の力を知るところから始める。


 アリアの指示に彼女達は素直に従うと、体内の心想因子オドを動かし、体全体に馴染ませるように纏わせていく。三人の体が淡く輝く以外は表立った変化は見られないが、アリアはそんなことをお構いなしに真剣な瞳で彼女等を凝視していた。


(……ッ!)


 順々に視線を移しながら、そのまま最後の人物までに目を向けた時、ふと何かに気付いたのかの様子で小さく目を見開く。

 だが、その発見は心に仕舞い、アリアは「うん」と小さく一つ頷いて、口を開いた。


「ありがと、もういいわよ」

「――それで今のは何を……?」


 冥が訝し気な様子で尋ねる。

 一体、今の行為には何の意味があったのかと。

 

 それもそうだろう。本来は身体強化を使っての攻撃力や防御力を測ることで技量を確かめる必要があると言うのに、ただ身体強化の使用を見ただけで何が分かると言うのか。万が一、それだけで技量を推し量れるのなら、それはつまり心想因子オドの流れが完璧に見えていると言っているようなものである。

 

 現代で心想因子オド現象粒子マナは物質を構成する素粒子や原子と同種の仲間だと考えられている。

 魔法使いや魔法師には心想因子オド現象粒子マナに触れる機会が多いため、それを感知するような能力は高くなるが、肉眼で見れるようにはならないのだ。


 だが、冥達の常識が必ずしもアリアの常識とは限らない。


 そもそもが大魔法師たるアリアにこの世の常識は全く通用しないにも等しいのだから。


「うん?何って……普通に貧乳ちゃん達の身体強化の技量を測っていたんだよ?」

「え……?」


 意味が分からないと言った様子で冥が固まる。

 

 理解できないと言った顔を浮かべる冥達に気が付いたアリアは懇切丁寧に理由を説明した。


「だから、貧乳ちゃん達が身体強化を使った時の心想因子オド一つ一つ・・・・の動きを見て、各々がどれくらいの操作技術を持っているのか確認したのよ。身体強化の技量はいわば心想因子オドの操作技術に直結するからね」

「……」


 素面で堂々とありえないことを言ってのけるアリアに冥達の間で無言の沈黙が降りる。普通なら簡単には信じられるはずがないことなのだが、アリアの表情は嘘をついているようには見えない。むしろ、それが当然であるかのような物言いに冥達は二の句を告げられなかったのだ。

 

 無反応な冥達を見て、アリアは首を傾げて祢音に視線を向ける。


「ねえ、祢音。貧乳ちゃん達が反応してくれないんだけど?」

「アリアが無茶苦茶で非常識なことを言うからだろ。なんだよ、心想因子オド一つ一つの動きを見るって……俺でもまだ流れを見ることしかできないってのに」


 声をかけられた祢音は改めてアリアの規格外さに呆れを見せていた。

 しかし、祢音もまたちょっとズレたような返事を見せていることに気が付いていない。


 それに気が付かせたのは、絶句したような驚きから我に返った炎理の言葉である。


「い、いやいやいや!祢音もアリアさんもどっちも非常識だから!そもそも心想因子オドを見るって何!?肉眼で見れるようなものじゃないでしょ!?」

「ん?何言ってんだよ、炎理?アリアのようにとはいかないけど、それでも身体強化を使えば、普通に見えるようになるだろ」

「どんな身体強化だよ!そもそもそこまでの強化を目に施したら、逆に目が逝かれちまう!」


 元々は魔法の反動から身を守るために開発されたと言う身体強化だが、その使用難度の低さから当初は有用な技術として注目されていた。けれど、研究を進めていくうちに、身体強化は人間の肉体限度を超えた強化を施すことは危険であると判断されるようになる。つまり、強化の施し過ぎは体への負担となってその身を蝕む諸刃の剣の様な技術であったのだ。

 これが魔法とのコストパフォーマンスの違いと言われる所以の一つでもあった。


 その為、常識的に考えれば炎理の意見は正しい。


 ただ、もう一度言うが、この親子に彼等の常識が当てはまるとは限らないのだ。


「ふふ、確かにニワトリ君達の使う身体強化だとそうなってもおかしくないね。だけどね、私や祢音の使う身体強化ではこれぐらいできるようになるのが普通なのよ」

 

 そう言って、アリアは冥達に向けて不敵な笑みを浮かべた。

 そして、彼女は続けるように簡単に技術の説明を始める。


「いい?私と祢音の身体強化とあなた達の身体強化は、使い方に違いがあるのよ」

「違いですか?」

「ええーー」


 冥達が使う通常の身体強化は分厚い鎧を着こむかの如く、体を覆うようにして心想因子オドを纏う技術だ。心想因子オドの使用量だけ、体組織は強化され、運動能力や身体機能の向上を望める。しかし、その反面で強化をすればするほど加重の負担は体に返ってきて、故障を引き起こす原因にもなった。


 それに対し、アリアや祢音が使う身体強化は体に心想因子オドを纏うという方法までは通常と変わりない。ただし、その真骨頂、それは心想因子オドによる積層の構築にある。

 

 二つを比べて例を挙げるならば、通常の身体強化が一枚の服を着て、そのサイズや生地を変化させる技術に対し、アリアや祢音の使う身体強化は、サイズや生地が全く同じ服を何枚も着込む技術。

 

 この身体強化の利点は通常の身体強化よりもエネルギー効率を高めたことにある。ただの身体強化が心想因子オドの使用量に比例して力が増すのに対し、祢音の身体強化は積層の数によって相乗効果を成して力が増していく。つまり、より少ない心想因子オドでも通常以上に力を発揮し、体への負担も軽減できるのだ。


「す、凄い……そんな裏技があったなんて……」

「す、すっげぇっすよ!アリアさん!なんですかその技術!しかも簡単そう!」

「……」


 アリアの説明を聞き終えると、冥は唖然と驚きを露わにし、炎理はいつものハイテンションを見せ、命はいつも通りの無表情ながらもその瞳をキラキラと光らせていた。三者三様の様相を見せるが、そこには皆興味津々という感情が窺えた。

 その様子はまるでおもちゃを与えられた子供の様で……。


 と、そこでアリアは彼等の喜びに水を差すように、口を開いた。


「それが、貧乳ちゃん達が思ってるほど、凄いものでもないんだけどね、これ」

「え、そうなんですか?聞いた限りだとものすごい画期的で簡単な技術だと思うんですけど……?」

「まぁ、そう思うのも仕方ないよね……でも、そんな画期的で簡単だったら魔法が登場してから今までで思いつかれて広まってもおかしくないはずでしょう?なのに、何故かそんな身体強化の使い方は知られていない……何故だと思う?」

 

 冥は「確かに……」と内心で思った。

 

 魔法が登場して、すでに何百年と過ぎた世界。人々は深淵を覗けたわけではないが、彼等の技術力は年々増し、魔法の進歩も目覚ましい。

 あまりにも難解で複雑怪奇な理論ならわからなくもないものだが、今聞いた理論はそれほど難しいと言うわけではない。アリアの言葉通り、いくら日陰の技術である身体強化の理論でも、見つかって、広まっていないと言うのはおかしい気がした。


 悩む冥達の姿を見て、アリアが口端を歪めて、いたずら顔を浮かべる。


「うんうん!答えを言うより、体験してもらった方が分かるかもね!」

「体験?」

「そう!貧乳ちゃん達さ、さっき私が言ったように一回心想因子オドをコントロールして積層を構築してみようよ!あっ、ちなみにできるだけ小さくね?」


 念押しして、冥達に技術の体験を促すアリア。


 その姿を訝しんだ冥達だったが、今は先生であるアリアの言うことを断ることもできず、彼女の言葉に従い、各々で心想因子オドの操作を始める。

 三人の掌で淡い光が燈り、形を成さんと蠢きだす。

 

 だが、直後のことだった。


「「「ッ!?痛ッ!?」」」


 突如、発生した小さく鋭い痛みに冥達は同時に悲鳴を上げたかと思うと、彼等の掌の上に集まっていた心想因子オドの塊がパシュッという音を立てて、四方に霧散した。

 

 三人共が驚いたように自分の掌の上に視線を向ける。

 その後、疑問一杯の顔でアリアに向き直った。


「ふふふ、不思議そうな顔だね?」

「今の痛みは一体……?」

「それがこの技術の問題点だよ」


 前置きを置くようにそう言うと、アリアは真剣な表情でリスクについてを説き始めた。


 第一にアリアや祢音の使うこの身体強化は通常の身体強化と比べて、はるかに難易度が高い。従来の纏うだけの身体強化と積層の構築から纏着が必要な祢音の身体強化とでは、要求される心想因子オドの操作技術レベルが違うことなど簡単に分かることだ。

 そして、一見この身体強化はコストの削減に体への負担の減少でより大きな力を得られるようになった技術に見えるが、その実、危険度はただの身体強化の比ではない。向上する力が相乗ならば、反動で受ける力もまた相乗。うまくコントロールすれば、負担を小さくして、強い力を得られるだろうが、一度コントロールを失えば、待っているのは強烈なまでの相乗された力の反発である。


「――最初は小さな積層を構築するだけでもすごく難しいし、それに失敗した時の反動があまりにもでかいの。こんな危険性があるのなら、まだ安全策の高い通常の身体強化で良いってことで、通常の身体強化のマイナスをはるかにプラスにできる技術ではあるけど、デメリットもかなり大きいからこそあまり広まっていないのよ」


 真面目な態度で使用性の危険を説くアリア。


 そこからおふざけの様子は感じられず、いかに今から教える技術が危ないかということが伝わる。言外に数分前の自分達のお気楽な態度を責められているように感じて、冥達は反省するように顔を俯けた。思春期も抜けないような年の彼等からすれば仕方のないことかもしれないが、それでも自分達の未熟な心が悔しかった。


 アリアはそんな冥達の様子に目ざとく気が付き、


(へぇ……これは結構鍛えがいがあるかも)

 

 と内心で彼等の評価を上げていた。

 

 驕るでもなく、恐怖に身を引かせるでもなく、自らの楽観を恥じ入る。

 この年の子供でなかなかできることではない。


 反省が終わったのか、冥達が顔を上げてアリアに視線を向けた。

 そこには本当に覚悟を完了させた彼女達の表情があった。


 アリアは久々に楽しくなりそうな予感がして、嬉し気に口端を吊り上げた。



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