第3話 武蔵学園

 

 人工島【武蔵】。日本の首都東京から数百キロほど離れた太平洋上に浮かぶ巨大な島。樹脂と金属と炭素繊維と、そして魔法。人の粋が詰まった技術で作られたこの島は、通称魔法都市と呼ばれている。




 魔法歴322年。3月10日。


 袮音の誕生日からちょうど1週間。現在、袮音は人工島『武蔵』の空港に降り立っていた。それは、今日袮音が志望する魔法師学校の受験日だからである。


 ここ人工島【武蔵】は元々日本が魔法の研究のために造った小さな人工島であったが、現在は拡大化が進み、日本でも八つしかない魔法師学校の一つを要する都市となっている。


 空港を出て、街に降り立った袮音はその外観に感動を覚えた。山奥生活が長く、あまり都会を知らない袮音。その為、目に映るビル群や車、モノレールなど数々の光景が新鮮に映る。そして、何よりその人の数。視界に入る人、人、人。見たこともないようなその数に袮音は圧倒された。


(やっぱり試験日だからなのか、学生が多いな……)


 歩きながら、雑踏を見回す中、そんなことを思う。視界に映る自分と同い年くらいの制服を着た少年少女達。


 今日は魔法師学校以外の何校かも入試が行われる日だ。だが、やはりその中でも魔法師学校へ向かって進む学生の数は他の学校と比べると段違いに多い。それは、現代で魔法師が弁護士や医者の様なエリート職業であり、さらには学生に人気な職業という理由からだろう。


 袮音も魔法師学校へ向かう集団に混じるようについていく。皆一様に緊張と不安を顔に張り付けて、同じ方向に歩を進めていた。


(緊張で固くなっている者が多いな……)


 集団についていきながら、袮音は暢気にそんなことを思う。自分も他人事ではないはずなのに、袮音は全く緊張の欠片も見せない。いつもと同じ、リラックスしていた。


(にしても……やけに視線を感じる……なんだ?)


 そんな袮音は先ほどから何故か注目を集めていた。道行く人から向けられる好奇の視線。じろじろと向けられた数多くの目に首をひねる。


 端正な顔立ちをした美少年と言ってもいい袮音が周りと違い緊張した様子もなく歩いているからというのも一つの要因なのかもしれないが、やはり一番の理由はその腰に差した一本の刀だろう。


 そう。アリアから誕生日プレゼントとしてもらったMAWだ。


 MAWには基本、可変性能がついている。その為、普通は形を変えてアクセサリーのように体に取り付けたり、縮小させ、しまったりして持ち歩くことが多い。展開した状態で持ち歩くことはないのだ。


 だが、今袮音は刀剣型MAWを展開させて、腰に差して歩いていた。はっきり言って、お前はどこの時代の人間だとツッコミを入れられてもおかしくない。これでは数世紀ほど昔にいた侍だ。時代錯誤も甚だしい。


 しかし、袮音は気づかない。ずっとアリアを目標に強くなることだけを考えて修行ばかりしてきた男だ。世の常識から少しばかりずれているというのも仕方のないことなのかもしれない。


 結局、袮音は視線の理由に気がつくことなく、魔法師学校に辿り着いてしまうのだった。




 ♦




 国立魔法師養成学校、武蔵学園。全国に八つ存在する魔法師学校の中でも一、二を争う名門校。数多くの著名な魔法師を輩出し、その名は世界にまで轟く程。


 今回袮音が受けるのは武蔵学園高等部の入学試験。


 毎年数千人を超える受験生が集まる武蔵学園高等部の入学試験はその受ける人数に対して定員がたったの百名しかいない。倍率はおよそ最低でも数十倍ほど。どれだけ狭き門なのかわかるというものだ。


 武蔵学園に辿り着いた袮音を迎えたのは巨大な正門だった。まさに豪華絢爛と言える門構え。その外観だけでどれだけお金がつぎ込まれているかわかる。


 圧倒され少し立ち尽くす袮音だが、すぐに我に返ると、門を通り抜けた。


 門を抜けた先でまず目に飛び込んできたのは、デカデカと立つ巨大な校舎。まるで人間が両腕を左右に広げたような形をした建築物。


 真っすぐ校舎入り口まで続く道を歩きながら、袮音は物珍し気に辺りを見回す。


 街に降り立った時同様、いや、それ以上に感動していた。


 綺麗に整備された道。丁寧に手入れされている草木や芝生。何よりあまりにも広大な学園の敷地。それらすべてが袮音には新鮮で胸を高鳴らせる風景だった。


 眼前に映る本棟。それに実技棟、研究棟と合わせて三つの校舎。また内部レイアウトが自由に変形可能な大型体育館と昔ながらのオーソドックスな小型体育館。式典などを行う大講堂や様々な書物が蔵書された図書館。更衣室、シャワー室、備品室、それにクラブが使う部室などがあるクラブ棟。その他さまざまな建築物が立ち並ぶ。


 本棟入り口前まで辿り着くと、自動ドアをくぐり抜けて、中に入る。


 内装も外観の期待を裏切らない豪華な造りになっていた。


 まるでホテルや劇場のロビーのような造りのエントランスが受験生たちを出迎える。円形にくり抜かれた広々とした広場。その中心にはデン!と建てられた立派な銅像。隅っこの周りには楚々と置かれた大きな植木。上は吹き抜けとなっており、天井までかなりの高さがあった。


 銅像の頭上には空間に転写されたホロスクリーンが映し出され、受験生の受験番号に沿った試験教室が記されていた。案内板だ。


 だが、袮音はその案内板よりもまず、建てられた立派な銅像が気になった。すぐに近づいて、その銅像の台座に書かれた文字を覗き見る。


『大魔法師バルタザール様』


「はは……やっぱり……」


 入った瞬間に目に飛び込んできた時から何となく予想はついていたが、の当たりにすると少しばかり空笑いがこぼれる。


 その男の銅像・・・・は杖を持った手を掲げ、神々しい光を纏い、まるで人々に救いと希望を与える救世主のような装いだった。


(男か……)


 内心その事実に苦笑すると、袮音は自分の試験教室を確認し、銅像から離れた。




 武蔵学園高等部の入学試験は筆記と実技の二つとなっている。筆記試験は英数国の三科目+魔法学の全四科目。実技試験は教師との模擬戦。点数の割合は三対七と実技に多く割り振られている。その理由というのが、やはり魔法が主に武力と考えられているからだろう。


 現代社会に生きる人間たちは魔法を武力と見ている風潮がある。それは魔法が人類に齎したものがいいものだけとは限らなかったからだ。


 確かに魔法の出現により人類は衰退を免れた。それどころか、科学という技術に魔法という力が加わったことで、世界は飛躍的な発展を成し遂げれたと言ってもいい。


 ただそれは正の面の話。魔法という力は負の面でも強く表れたのだ。


 世の中すべての人間が善人とは限らない。全員が善人なら戦争なんて起きないだろう。当然悪人もたくさんいる。


 そう。魔法の出現で犯罪が横行し始め、さらにはテロリズムという行為に手を染める者も現れ始めた。魔法という力は多くの犯罪者やテロ組織を加速度的に増やしてしまったのだ。


 善の面で魔法は魅力的で偉大な力となったが、反対に悪の面でも魔法は蠱惑的で凶悪な力を発揮してしまった。その為、魔法師は、魔法という力を、彼らから民を守るために振るう武力とせねばならなかったのだ。


 袮音が自分の割り当てられた試験教室に辿り着くと、席はほとんど埋まっていた。皆一様に真剣な表情で参考書や教科書とにらめっこをしている。


 異様に志気の高いその光景を横目に、袮音は割り当てられた自身の席に座る。偶然にも教室に入ったのは袮音が最後だったのか、空いていた席は一つで、内心探す手間が省けたと喜んだ。そして、また偶然にも、袮音が着席したと同時に、予鈴が鳴る。


 それからしばらくして明らかに試験官の格好をした一人の女性が入室してきた。


「この教室の試験官、風間緑かざまみどりです。よろしくお願いします」


 丁寧にも受験生たちにそう挨拶したのは、この教室を担当することになった試験官、風間緑。スーツがよく似合うスラっとした肢体に眼鏡の奥から覗く鋭い瞳。どこか有能秘書といった雰囲気の緑は、クールビューティという言葉が似合いそうだ。


「それではまもなく試験を始めたいと思いますので開いている参考書や教科書は閉じてください」


 怜悧な声音で告げられた言葉に受験生は各自それぞれ机の上にあるものをしまっていく。中にはギリギリまで復習を頑張る者もいるが、緑の鋭い視線に恐れをなし、すごすごと鞄にしまっていった。


 教室内をぐるっと眺め、一通り確認を終えた緑。そして、全員が机に何も広げていないのを確かめると、テストを配りはじめるのだった。

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