第2話

 ピースを拾ってから5年後。


「パパー!」

「どうしたー?」

「たくさん木の実を採ってきたよ!ほら!」

「おぉ!流石ピースだな!!」

「えへへっ」


 俺はピースの頭を撫でた。

 ピースは嬉しそうに目を閉じていた頭を差し出していた。


「アキヒサー!」

「ガガドラか、どうしたんだ?」

「これを持っていけ、多く獲れたんだ」

「こんなにいいのか!?」


 ガガドラは熊の獣人だ。

 特技は魚を獲ることで、こうして魚を貰ったりすることがある。


「これぐらいかまわん。ピースにはもっと大きくなって欲しいからな」

「ありがとー!!」

「ははっ、大きくなるんだぞ」


 ガガドラもピースを撫でた。

 ピースは村の人に大人気なのだ。


「じゃあ家に帰ってご飯を食べるか」

「やったー!!」


 俺たちは昼ご飯を食べるために家へと向かった。


*


 ピースを拾った後、俺は森の中を走って探し回った。

 理由はまだこの辺に獣人たちがいないかと思ったからだ。


 それに、噂でこの森にはとある村があると聞いたことがある。

 獣人と人間、差別なしに一緒に暮らしている村、ドラの村があると。


「頼む、早く見つかってくれ……!」


 俺は探すためにひたすら走った。

 魔王と戦ったこともあり、体力はすでに無くなりかけていたのだ。

 何回も転びそうになったが、赤子をケガさせないように無理にでも踏ん張った。


 それでもいずれは限界がやってくる。

 やがて足は悲鳴を上げ始める。

 だが俺はピースのために休むことなく走り続けた。


 そして不幸なことに木の根が足に引っかかり転んでしまった。

 ピースを傷つけないために俺が下敷きになれたのが幸いだ。


「くそっ、こんなところで休んでいるわけにはいかないんだ……!!」


 そう思っても体が動かない。

 体は正直だ。これ以上無理したら自分自身が死ぬ壊れると言っている。


「ダメだ、こんなところで休んではいけない。動け…動けよ!!俺の足だろ!!」


 どれだけ声に出しても足はピクリとも動かない。

 それどころか、感覚が薄れてきたのだ。


 もう手を使って移動をしようと思った、そんな時だった。

 目の前にある草が揺れたのだ。


「誰か、誰かいるのか!」


 俺は期待を込めて呼び掛けた。

 それに応えるかのように草が大きく揺れる。


 そして草の中から出てきたのは大きな人であった。

 いや、人ではあるが獣人だった。


 人間が獣人を恨んでいることもあり、獣人は自己防衛のために人間へ危害を加えることがある。

 そう、今の俺の状況はもう絶望としか言いようがない。


 だが俺のことはもうこの際どうでもいい。

 ピースを、将来の光を生かしてあげたい。


 俺は力を振り絞り、声を出した。


「頼む。人間を嫌っているのは分かっている。だけどこの子だけは助けてほしい。この子は人間じゃない、獣人だ。頼む、お願いだ」


 俺はそっとピースを差し出した。

 傷つけないように、そっと。

 男は手を伸ばすと、優しくピースを抱きかかえた。


「ありがとう。その子には名前があってピースと言うんだ。できれば名前は変えてほしくない」

「…分かった」


 男は頷いた。

 人間相手でも優しくしてくれる獣人もまだいるんだな。


 俺はもう、ここまでか。

 早いなあ、魔王を倒したのにこんなにもあっけなく死ぬのか。


 仲間を裏切った天罰なのかな。

 だけど、悪い気はしない。

 俺は小さな命を助けたんだ。

 まだ汚れていない、綺麗な命を。


 それに比べて俺はどうだ?

 汚れに汚れてしまっている。

 俺はたくさんの敵を殺した。

 時には人間を殺す場面もあった。


 獣人が悪いというなら俺たち人間も悪い。

 最も悪いのは戦う者。そして悪いものはこの世から消えていく。

 そう、俺もその悪いものに入っているんだ。


 ピース、君が生き残れるなら決して命を奪うようなことはしないでくれ。

 周りの歓声に惑わされるな、自分を貫き通せ。

 そして少しでも長く生きてくれよ……。


 そんなことを考えていた時だ。

 俺の体が動いたのだ。


 てっきり回復でもしたのかと思い、動かしてみるが違う。

 さっきの獣人が俺を担いでいたのだ。


「何を…しているんだ」

「お前も助ける」

「バカなことはやめろ。他の獣人に見つかったら殺されるかもしれないぞ」

「ふんっ、お前も同じようなことをしているじゃないか」

「……ははっ」


 そうだな、先に助けたのは俺だったな。


「でもどうするんだ?見つかったら――」

「安心しろ。俺が住んでいる村は人間だろうが獣人だろうが差別なしに受け入れてくれる」

「それって……」

「知っているやつは知っている村だ。村の名前はドラ、ドラの村だ」


 聞いた村の名前は、俺が探していた村だった。

 どうやらこんな俺にも、希望をくれたみたいだ。


「お前は今、住んでいる家はあるのか?」

「お前じゃない。風間秋久、アキヒサだ」

「分かった、アキヒサだな。俺はガガドラだ。それでどうなんだ?」

「ないよ。全てを失った」

「…そうか。大変だったろう」

「ああ」


 大変どころではなかったがな。

 でもこうして助けられただけで立ち直れそうだ。


 村へ向かって歩いていると、ガガドラは何かを思い出したかのように話し出した。


「アキヒサ、と言ったよな?」

「そうだが?」

「もしかしてだが、人間の勇者か?」

「そうだよ。知っているんだな」

「有名だからな」


 名前は大体割れている。

 俺たちはけっこう大胆に行動していたからな。

 人間からも時々嫌な目をされていたぐらいだし。


「…俺はな、獣人の勇者だったんだ」

「…えっ?」

「知らないだろう?獣人の勇者はそこまで話に出てこないからな」


 耳にしたのは驚きの言葉だった。

 勇者は選ばれたものしかなれない。

 てっきり人間だけかと思ったが、獣人にも勇者がいたとは。


「勇者だったのなら、前線に立てば人間たちに勝てたんじゃないのか?」


 獣人たちが人間の国に攻めてきたとき、人間の国が勝利で終わった。

 だが、それはギリギリの戦いだった。


 獣人は大胆にも、全軍で一気に攻めてきたのだ。

 それに対して人間の国は防御より攻撃が得意としていた。

 少ない軍同士の戦いだったら圧勝だが、数の暴力に人間の国は押された。


 だが旅途中だった俺たち勇者のパーティが到着し、人間の国は勝つことができた。

 だからそれはギリギリでの勝利だったのだ。


「そうだな。俺も戦いに参戦していたら勝てただろう」

「ならなぜ……」

「俺は人間と敵対するのに昔から反対だったのだ」

「!?」


 俺もそうだ。

 最初、獣人が攻めてきたときはためらった。


 一度だけだが、獣人がいた街を訪れたことがある。

 入ったのは俺だけ、みんなは嫌がった。


 そこでは姿を隠さなくても獣人は人間の俺に優しくしてくれた。

 だから獣人に対する俺の印象は非常に良かった。


 だから俺は、あんなにも優しい獣人と戦いたくない、和解は無理だろうかと考えた。


 だがドラーグはそんなことを認めることはなかった。

 それどころか、毎日のように『獣人は危険だ』『獣人と話すな、すぐに殺せ』とまで言っていた。


「俺は国の考えについて行けず、国を去った」

「それで村をつくったのか?」

「そうだ。そういう事があり、ドラの村をつくったんだ」


 俺もこうして例えたった一人でも行動していた方がよかったのではないのか?

 でも魔王を倒さないと人間だけではなく、獣人にも被害が及んでいたかもしれない。

 いや、俺が諦めたら代わりに戦う者が出たのではないのか?


 俺は、今まで何していたんだ?

 俺は間違っていたのではないか?


「今お前、アキヒサが『俺は間違っている』と考えていたらそれは違う」

「なっ!?」

「お前は間違っていない。少なくとも俺はそう思うぞ」


 なぜ考えていたことが分かったんだ?

 いや、そんなこと今はどうでもいい。


「なんでそう思うんだ?」

「アキヒサは俺たち獣人をたくさん殺した。だがその出来事があったおかげで獣人たちは間違いに気づいたのだ。ずいぶんと遅いがな。

 それに、お前がいなかったらそれらの元凶である魔王がまだ生きていただろう。俺はお前が間違っているとは思わない」

「そうか……」


 みんながみんな、俺を分かってくれとは言わない。

 たった一人、たった一人でも俺のことを分かってくれるやつがいる。


 それがどれだけ嬉しいことなのだろうか。


「着いたぞ。ここがドラの村だ」


 そこは森の中にある夢の村だった。

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