第2部

僕の頭は道路へと打ち付けられ、その顔は見えなくなる。

吐き気を催すような衝撃が脳に走る。

やっぱりこれは夢じゃないのだろうか。生々しい感覚がそう思わせる。


振り向くと、強いヘッドライトの光が猛スピードで迫ってくる。

これは夢なんだろうか、現実なんだろうか。もう、何もできない。

せまりくる轟音に、かたく目を閉じた。


そのとき。真っ暗な僕の左手を、誰かが握った。

次の瞬間、右手は驚くような勢いで引っ張られ、僕の体はとてつもない勢いで起こされた。その勢いのままに僕はもといた方向へと倒れ込む。

誰かの体が僕と地面の間に挟まった気がした。後ろで車がものすごい勢いで通り抜けていくのがわかった。


目を開けると、僕と地面の間には一人の女の子がいた。

「はやくどいてよ」

彼女は切れ長の目で、不満そうに訴えた。

僕は慌てて彼女の上から移動してそのすぐ横に座り込んだ。

あまりにいろんなことが同時に起こったせいなのか、それとも強く打ったせいなのか頭がまだくらくらしていた。


そのうち信号が青に変わり、周りの人たちが歩き出す。

通行人たちが僕と彼女を奇異の目で見ていた。

「あなた、大丈夫?」

彼女はさっと立ち上がると、僕に手を差し出した。

けれど、その表情はさっきとあまり変わっていなかった。冷たい、印象だった。

「はやく立たないと、邪魔になるよ」

そう言われて僕は彼女の手を取る。それは氷のような冷たい手だった。

「あ……はい、ええ」

僕はしどろもどろながらもさっと立ち上がる。


「花」

彼女は、そうぶっきらぼうに言う。

「え?」

「花、大丈夫だった?」

さっきの出来事があったにもかかわらず、右手にはきっちりと、きれいなままで花束が握られていた。

「ああ、うん。大丈夫みたい」

「ならよかった」

彼女の表情はいくぶんか緩んだようだった。


「少し、いいですか?」

僕はそんな彼女に向かって声をかける。

「少しって?」

「助けてもらって何もしないのは、その。……どこかでお茶でも」

「あら、ナンパ?」

彼女はふっと微笑んだ。その表情に、僕は少し安心感を覚えた。

「いや、そんなじゃなくて。ただお礼を」

「いいよ。付き合ってあげる。こんなところで立ち話もなんだからね」

彼女はさっと僕に背を向け歩きだす。

「それに、私もキミといろいろ話がしてみたくなったな」

数メートル先で、彼女が振り返る。

僕はそんな彼女の後ろをついて歩く。

少し不思議な気がしないでもなかった。こんなこと、前にもあったような。


数分後。僕と彼女は小さなファストフード店にいた。

外の身を切るような冷たい空気とはうって変わって、人工的で温かい空気で満たされた空間。彼女は僕を適当なテーブルに座らせると、しばらくしてコーヒを2つ両手に持って僕の目の前に座った。


明るい場所で見る彼女の顔は、ひときわきれいに見えた。

切れ長の目に長く伸びたまつ毛。黒の長髪とすこし青白い肌が印象的だった。

おそらく僕と同じくらいの年頃だと思うけれど、それを感じさせないほどに彼女の雰囲気は大人びていた。


「三月も終わりだっていうのに雪なんてね」

彼女は頬杖をついて、その澄んだ瞳でちらりと窓の外を見ていた。暗い鈍色の空と、さっきの交差点。ちらちらと絶え間なく雪がまだ降り続いていた。

彼女はコーヒーを一口飲んでふっと息をつくと、僕の方をじっと見つめていた。


「自殺でもする予定だったの?」

彼女は何でも無いような口調でそういった。

コーヒー飲まないの? と尋ねるのと代わりないような口調だった。

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