兵どもの夢の跡の行き先

 ドワーフ族のミイワは声を出さずに泣き出した。

 彼女は自分の事情を言わないので、その胸の内は二人には分からない。


「……まぁ何やら事情はあるってことは分かるがの」


 静かに口を開くライオー。

 その言葉にジーゴは耳を傾ける。


「嬢ちゃんも、そして坊やもか。一人でこんなとこに来る理由は……いや、こなきゃならん理由は大体想像はつく」


 ジーゴにも、自分がここにいる理由を考えると彼女が泣いている理由はおおよその察しはついた。


 しかしジーゴには何もしてあげられない。

 それどころか、他人を思いやっている場合ではない。

 ジーゴが繰り返したくなかった心の不完全燃焼は、いきなりジーゴの心に再びやってきたのだ。

 目的を達成出来たら前の生活に戻るもよし、この地域で生活の場を探すもよし。

 しかしジーゴ自身も、このままこの場を後にするには気持ちも姿勢も中途半端である。


「坊や。あ、えーと、ジーゴ、とか言うたな。それからそっちの嬢ちゃんはミイワ、だったかの? そっちのジーゴがワシに聞いてきたの? なんで来たのか、とな」


 ジーゴの心中はいまや、老セントールの話を聞くどころではなくなった。

 だがジーゴは上の空のまま頷く。


「……その話は、実は何度も何度も繰り返した。ここで話す中身じゃない。もしよければ、ワシの家にこんか? 今夜一晩くらいなら泊められるぞい?」


 ミイワはライオーの話に一瞬泣き止み、明るい顔になる。しかしすぐにまた暗い表情に戻る。

 ジーゴは、ちょっとした質問に対する答えにそこまで長く時間をかけようとするライオーに違和感を感じつつ、ライオーの誘いを受ける。


「……お前のことはまったくわからねぇけどよ、特にこの先の予定が決まってなきゃ、このセントールについていってもいいんじゃねぇか?」


 ミイワの頷きは、自分の意思によるものではないように見えた。


「うむ、じゃあ馬車で帰るぞ。ついてきなさい」


 馬が馬車に乗っていいの?


 ふとそんなことを考える。流石に口に出すほど礼儀を知らないわけではない。


「流石に席は二人分じゃないと乗れんでのぉ。わははは」


 自分で言ってりゃ世話はない。

 どう反応していいか分からないうえ、そんな冗談に乗る気分でもない二人。


 予選敗退者は、対局の勝敗の報告以外事務所の手続きの必要はない。

 三人はそのまま皇居を出る。


「あれ? 俺ここに来るときも馬車に乗ってきたけど、停車場そこじゃねぇよ?」


「うむ、こっちにも停車場はあるのでな。……おぅ、こっちじゃー」


 ライオーが呼びかけた先にいる馬車は、彼の声に反応して寄ってくる。

 明らかに町中を走り回っている馬車とは違い、客車は一回り大きい。


「……この馬車……乗ってきたのとなんか感じが違う」


「うむ、ワシの家の物じゃからな。さ、乗った乗った」


「え?」


 お爺さんのところなの?

 と聞く余裕も与えられず、ジーゴはミイワと一緒にライオーから背中を押され、客車に入る。

 続いてライオーが乗り込むと、行き先も何も告げられない御者はすぐに馬車を走らせる。


 車内はやや煌びやかさを持っていた。

 ライオーは床に敷き詰められている絨毯の上ですっかりくつろいでいる。


 何か冷たいものでも飲むか? と言いながら車内の隅の冷蔵庫から飲み物を取り出すライオー。

 もちろんジーゴが皇居に来るときに乗ってきた馬車には、そんなものは備え付けられてはいない。

 ささやかとは言え、調度品に囲まれることなど生まれて初めて経験するジーゴは車内をキョロキョロと見渡す視線が落ち着かない。

 言われるがままに馬車に乗せられた感があるミイワは、目を丸くして呆然としている。


「じ……爺さんって……何者……なの?」


「うん、ワシは……志して、叶えて、諦めて、また立ち上がって……。そして今を楽しんでおる者だよ」


「それじゃ答えになってねぇよ」


 ライオーはジーゴの意見を否定する。


「いや、ジーゴの望む答えの一つ、だと思うぞ?」


 そんな謎かけめいた会話を乗せた馬車が向かった先は……。


「着いたぞ。さ、二人とも、降りられるかな?」


 ミイワもジーゴと同じように、馬車を降りた後に見える風景に驚き、その周囲を見回す。

 自然の中で目立つ高い壁、そして門。

 その向こう側には豪邸という言葉が当てはまる広い建物が見える。


「ワシの……ワシら、と言った方が正しいかの。ワシらの屋敷だ。さ、お入んなさい」


 ライオーは門番がいない門を自ら開け、二人を招き入れた。

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