初対局初勝利 そして老セントールの実力は

 日本が存在する世界とは異なる世界。

 奇しくも同じルールを持つ競技がそこにあった。

 様々な名前を持つその競技は、日本から転移してきた人物によって、同じ名前を付けられる。


 囲碁。


 特異な生まれによって一族から追い出されたエルフ族の少年が、過去を振り切るため、そして状況によっては新たに生きる手段の可能性を見据え、家族と一緒に住んでいたころに少し遊んだことがある碁の大会に参加。


 その少年ジーゴが三人一組の総当たり戦に参戦。彼の一局目がいよいよ始まる。


「で、俺の相手はどっちになるんだ?」


 このグループの一局目で勝利を収めた、十二才のジーゴよりも年下のドワーフ族の少女ミイワか。

 彼女がジーゴに勝利すれば、三局目の結果待たずしてミイワが次の予選へ進むことが出来る。

 彼女に負けた老セントール族のライオーとの対局が先になると、ジーゴが彼に勝っても負けても三局目が必要になる。

 ジーゴがミイワに勝っても同様。


 ジーゴに問いかけられたスタッフの答えは……。


「一局目の勝者と対局していただきます」


 ライオーは対局のテーブルから離れる。

 椅子が用意されているのだが、背の高さと体型からライオーに椅子は不要だった。

 ジーゴは自ら椅子を運び、テーブルの前に置く。


 互いにみんな、対局相手はどれくらいの実力を持っているのか分からない。

 しかし大会の対局はすべてハンディなしで行われる


 自分に近い年で、何の付き添いもなく同じ舞台にいる。

 しかも目的に反する行為をする者には誰彼構わず敵意を見せる。

 それだけでも、その少女の取り巻く環境はジーゴには想像に易い。


 おそらくは同じなのだ。

 ただ違う点は、生きる術がそれ以外に見当たらないということ。

 そして生きる術を手にする機会が今回限りであろうということ。


 対局後の感想にライオーからも意見を求められ、思った通りのことを発言したことでやや動揺を見せたミイワ。

 全力を出せないまま負けた時の悔しさ、無念さはジーゴは十分思い知った。

 それは対局への思いばかりではなかった。


 彼女もおそらくジーゴと似た思いも背負っている。

 互いに納得がいく結果になれば、それに越したことはない。

 だがジーゴにも、そんな彼女に同情する余裕はない。

 同じ境遇で苦しんでいる者に何かをしてあげられる立場でもない。

 そして、勝てばすべて良し、というわけでもないこともすでに思い知っている。


 それを踏まえて、ミイワのこのリーグの最後の対局でもあり、ジーゴの最初の対局が始まる。

 ライオーはそのテーブルから少し離れて観戦することにしたようだ。


 先手はジーゴ。後手はミイワ。

 ミイワは一局目と同じように、自分の手前の隅に陣取ろうとするジーゴに対し盤面の対角線上に陣取りしようするため、盤面の同じサイドの隅に打つ。

 が、それを避けて、ジーゴは手前の両隅に陣取った。

 迷わず残りの開いている隅にむけて彼女は手を放つ。


 ミイワの一局目、終局まで打ち切るならばどちらも細かい陣地の取り合いになっていただろう。

 この対局では隣り合う隅をお互い取ったことで、互いに隅の石を繋げると、陣地の面積が大きくなる展開になる。


 この後の戦略的な展開は、どちらも自分の陣地に鍵をかけ、相手の陣地に侵入する。

 この二つの戦略を、相手より効率よく仕掛けることで勝利に近くなる。


 彼女の実力なのか、それともやはり心の動揺が響いているのか。

 序盤から中盤にかけて、隅や辺の開いているところに、互いに干渉しないまま陣取る二人。

 そこから相手の陣地に互いに割り込むことになるのだが、ミイワはジーゴの陣地にただ侵入し、食い込んで削るだけ。

 しかしジーゴは相手が取ろうとする陣地に、ほんの僅かだが自陣の形成に成功する。

 その陣地と陣地を形成するための壁作りに費やした広さの分を、ミイワの陣地から奪ったことになる。


 互いに心理戦に持ち込むような企みが出来る年齢ではない。

 しかしその隙は、心の動きによるものだとしても、対局の盤面に現れた。

 その隙を数多く見逃すことはあったが、掴んだチャンスはすべて逃がさずものにできたジーゴ。

 中盤から終盤にかかる辺りで、ミイワは肩を引きつらせながら敗北を意味する投了を宣言した。


 一度負けたら予選敗退が決まる。

 そして一人の対局数は二回。その二回を終了したミイワには、その投了は予選敗退の意味も持っていた。


「……さっきみたいに、検討、しようぜ」


 ジーゴは提案するが、ミイワは敗戦の悔しさのあまり、感想戦を拒否する。


「……やんなさい。それを繰り返して強くなるもんじゃ」


 ライオーが優しい口調で諫める。

 しかしかぶりを振るミイワ。


「いいっ! だって……だって、もう終わりだもん!」


 ぶつける相手がいないその思いをさらけ出すのはこの場以外にない。

 その叫び声はそんな思いを晴らすかのようだった。


「終わりなのは、この大会の参加のことだけじゃよ。まぁインチキして何度も参加する者もいるがの」


「こいつが勝ち残ったら、そんなインチキ繰り返したってまたこいつと当たるでしょ!」


「同じ相手と対局しても、結果は同じになるとは限らない。それがこの検討じゃよ。それに……」


 ジーゴは気づかなかったが、ライオーがジーゴを見つめるその目が怪しく光る。


「全員一敗なら、そのインチキをすることで同じ相手と当たることはない場合もあるからのう……」


 盤上の石を片付け、一手目から見直そうとするジーゴ。

 それを手伝いながらライオーは話を続ける。


「何を望んで参加したのかは知らんが、嬢ちゃんの知らない行き先がそこら辺にあるかもしれんぞ? それに検討ばかりじゃない。人の対局を見るのも勉強になるもんじゃ。この組の最後の対局、どんな結果になるかのう?」


 意味ありげなことを言うライオー。しかし二人には、ただ煙に巻く言葉としか受け止められない。

 ともあれ検討は始まり、意見のある者は思いのまま言葉にし、勝因や敗因について簡単に究明していった。


「……こんなとこじゃな。さて……最後の対局といこうかの」


 ライオーの鋭い眼光が再び宿る。

 その目には、今回はジーゴも気付く。

 そしてジーゴは疑惑を持つ。

 ミイワと対局したときは手加減していたのかと。

 負けが許されない一発勝負の連続。実力差があったとしても、様子見出来る余裕はあるだろうか?

 あるとするならば、それは何としてでも勝利を得ようとする意志がない場合。


 この老セントールには、何か別の狙いがある。


 しかしそれが分かったからと言って、実力に変化が現れるわけではない。


 一局目と同じように、悔いのない対局をするだけである。

 悔いが残る対局は、あの三番勝負で終わりにしたい。


 ジーゴは再び気を引き締めた。

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