初体験はタンデムで

暗黒星雲

第1話 普通二輪免許

 本日俺は運転免許証を取得した。普通二輪免許というやつだ。

 これで400㏄までのバイクに乗れる。俺の大学生活はこれでバラ色になる。


 きっと小躍りしていたに違いない。愛車のディオに跨りエンジンをかける。パンパンと破裂音を伴う2ストの排気音が心地よい。吐き出される白煙の匂いも心をくすぐる。そして細かく振動する車体。そのどれをとっても俺の心を震わせる。


 今時、小型車は殆ど電動車になっている。四輪も二輪も原付も。あんなモーターでシュワーっと動くなんて味気ない。心の底からそう思っている。


 とにかく免許は手に入った。後は中型のガソリンエンジン車を借りるだけだ。借りる算段は済んでいる。

 俺は小郡の山口県総合交通センターを後にして萩へ向かう。原付での山越えはちと厳しいが、それでも念願の中型二輪車、しかもガソリンエンジン車に乗れるのだ。そんな期待感から道中の苦労は気にならない。

 乗用車に煽られ、大型トラックに排気ガスを浴びせられ、電動バイクにブチ抜かれ、それでも一時間かけて萩にたどり着く。そして約束の場所へと赴く。

 

 そこは萩市内のとある修理工場。俺の実家である綾瀬重工の直営の工場だ。核融合から航空産業、宇宙産業まで手を広げている大企業が、何故か町の修理工場をやっている事に違和感を持つ人も少なくない。しかし、そこは何でも修理してくれる超絶技術者がいる工場として隠れた人気があるのだ。その超絶技術者というのが俺の爺さんの弟、綾瀬頼蔵あやせよりぞうさんなのだ。通称頼爺よりじいという。


「おー来たな。免許は取れたのか?」

「ええ、バッチリです」

「それならそいつはボアアップしようか?? 80㏄なら明日までに仕上げてやるぜ」

 そう言って危ない方向へと誘う禿げ頭の爺さんが頼爺である。

 俺はヘルメットを取り、首を横に振る。

「そいつはまた考えますよ。ところでお願いしてたモノは?」

「おお、これだよ」


 そこには古いカワサキ車があった。

 色はライムグリーン。四角いヘッドライトにビキニカウルを付けた精悍な面構えは正に古き良きカワサキ魂を感じさせる。

「これZRXですか?」

「お前は阿保か? よく見ろよ。水冷じゃなくて空冷だぞ」

 そう言えばエンジンのフィンは深くラジエターもない。大きめのオイルクーラーがついているだけだった。

「これZ400GPですか? 車体大きいな400㏄に見えない」

 頼爺は首を横に振りながらため息をつく。

「よく見ろ。これはな、Z1000J。それを特別仕様のZ1000Rエディ・ローソンレプリカ風に仕上げたカスタム車だ」


 目の前にいるのは夢にまで見たあのZ1000R。ライムグリーンの特別な特別な車両。俺は心臓が高鳴ると同時に落胆していた。


「あのさ、頼爺さん。俺の取った免許は普通二輪だって言わなかったかな? 

「おお、聞いてたぞ普通二輪だと」

「普通二輪ってば400㏄以下なんだけど、知ってた?」

「お、そうだったっけな?」

「もうふざけないでくださいよ」

 頼爺は思いっきり勘違いをしていたようだった。

「悪かった、悪かった。400㏄用意してやるから一週間待ってくれ」

「一週間で用意してくれるんですか?」

「ああ、用意してやる。CB400SF(スーパーフォア)だけどな」

「ホンダですか」

「嫌か?」

「嫌ではありませんが、カワサキ車だと聞いてたのでそっちに期待しまくってて」

「文句を言うな。ガソリンエンジンの稼働車両見つけるだけでも大変な時代なんだからな」

「もちろん分かってますよ」


 俺は相当落胆していたのだろう。自分でも暗い表情になっているのが分かった。目の前にいる美しいライムグリーンのこの車両に乗れないことへの悔しさだったのだと思う。


 そこへ、事務所の奥から一枚の光ディスクを持った少女が出てきた。

「頼爺、続きは何処?」

「ああ、それは」

「やっぱいらない。お前、誰?」

 俺をお前呼ばわりしたその娘は間近に寄ってきて俺の顔を見つめる。日焼けした浅黒い顔にショートカットの髪が似合っている。ジーンズにTシャツといったラフな格好をしていて、なかなか胸元が豊かだった。

「続き見なくていいのか?」

「いい。今はこっちに興味があるから」

「こっちって、俺の事ですか?」

「そうお前の事。ん? 正蔵君?」

「知ってるの?」

「データベースにあった。オレは佳乃夏美よしのなつみだ。よろしくな」

綾瀬正蔵あやせしょうぞうです。よろしく」


 俺が右手を差し出すと彼女は笑顔で俺の手を握る。

 この出会いは……もしかして初めての……女性とのちょっとイイ事が……あるのかも……知れない。


 いきなり湧き出てきたよく分からない期待感に、胸が再び高鳴って来るのを感じる。さっきまで意気消沈していたのが嘘のようだった。

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