廃病院集合

 就学前のころ何度かきたことのある小児科専門の個人院だった。壁はくすみ、駐輪スペースの屋根にも穴があき、アスファルトの隙間から伸びた雑草だけがたくましく、一目で廃業したのだとわかった。

 裏口が開いているといっても。

 よそのお宅に忍び込むだけでも冷や汗ものなのに、廃病院が集合場所だなんて。


 この手紙が届いて3日間、考えに考えて意を決してここにきた。無視を決め込んだらどうなるか。欠席裁判という言葉の意味だって調べた。オレのせいになるなんて冗談じゃない。すくなくともオレだけのせいじゃないんだ。

 だれかに連絡を取ってみようとも思ったが、だれに手紙が届いているかもわからないし、かえってみょうな噂を立てられることになるかもしれなかった。ここに集まった連中の胸の内に収められることならそれでもいいし、アイツが馬鹿みたいなことをしでかしたといいふれるのもいいだろう。その時の状況次第。逃げたと思われるのもしゃくだから来るしかなかった。


 差出人の名は記してなかったが、内容からいって、アイツしかいない。

『死にいたった』と過去形で書いてあるが、アイツは死んではいない。

 死んでいないからこそこんな手紙が出せるのだ。

 計画的に手紙を用意し、期日を指定して郵送したのなら、封書のどこかにそのようなことが記載されているはずだが消印は手紙を受け取った前日。切手も普通郵便の額面しか貼られていない。どう考えたって生きながらえたあとにこんな手紙を出しているのだ。


 もうだれか来ているだろうか。窓にはすべてブラインドが下りていて中の様子はわからない。よく晴れた正午なので、外の方が明るく、中からはこちらの様子がみえていたりするのかもしれない。ためらっているように見えると嫌なので、さっさと裏へまわることにした。


 奥行きはさほどない。自宅は別棟なのか思ったよりもこぢんまりとした建物だった。勝手口のようなドアがある。ノブに手をかけるとすんなりと開いた。

 上がり口の脇に、時計がついた大きな箱がある。上部に紙を差し込むような隙間が空いているが、シュレッダーではなさそうだった。壁際にはスチールで出来た状差しのようなものがあり、1から12までの番号が振ってある。そばに貼られた書き置きにはこう書かれていた。


『自分の番号の札を持ち、待合室に集合してください』


 状差しには黒いカードが入っている。所々抜けているということは、もう誰か来ているということだろう。

 オレは10番にささっていたカードを抜いた。三角形を二つ組み合わせた星のマークがあり、中央には白いマジックで書いたと思われる「10」という数字が記してあった。裏を返すとイラストが描かれていた。

 ピエロ……違うな。

 棒の先に袋かカバンのようなものを引っかけて肩に担いでいる絵だ。イラストの下には「The Fool」と書かれており、トランプではないようだ。なんの意味があるかもわからないが、こんなけったいなことを考えるアイツのことだからなんかの意味があるのだろう。

 オレは指示通りにカードを持って奥へと続くドアを開けた。


 診療室だ。

 おぼろげながら、子供のころここで診察を受けたことを思い出していた。そういえばあの医者はけっこうな年だった。跡継ぎもなく閉めざるを得なくなったのか。

 さすがにカルテや医療器具はないが、デスクや背もたれのない回転椅子、簡易ベッドなどがそのまま置いてあった。

 その先が待合室になっているはずだ。話し声も聞こえずひっそりとしている。

 ほかに誰が呼ばれているんだろう。のこのことやってきたのが自分だけではなかったことにちょっとホッともしているし、怖くもあった。

 いったい、なにが起ころうとしているんだ?


 そっとドアを開けるとその先に待つ者たちがいっせいにこちらを見た。

 4人くらい座れそうなベンチが四角く囲むように配置され、それぞれが向き合っていて、腰掛けている5人はオレの方を見ている。

 来る場所を間違えたのか?

 そのままドアを閉めたい衝動に駆られたが、ひとりが声をかけてきた。

「きみは、何番?」

 カードのことか。オレはカードに書かれた番号をドアの隙間から見せた。

「ああ、10番ね。じゃあ、ここに座って。混乱しないようにとりあえず番号順に座ることにしたんだ」

「そう。どうやらきみもオレたちのことを知らないようだしね」

 彼らは互いに顔を見合わせてうなずきあっている。


 室内は薄暗いが、顔を判別出来るぐらいには光が差し込んでいた。どういうわけかそこにいたのは初めて顔を見るヤツばかりだった。呼ばれているヤツはクラスメイトだと思い込んでいたので面食らった。

 あの手紙を送ってきたのはアイツじゃないのか? なんなんだ。この集まりは。

 不意に背中を叩かれ、飛び上がった。

「あ、ごめん。驚かせちゃって」

 後ろからやってきた女子も見たことがない人物だった。長い髪を耳の下で二つに結い、くりくりとした目でオレを見つめている。

「いや、べつに」

 オレはなんでもないふうにドアを大きく開いて待合室へと入った。


 いわれたとおりに一番最初に声をかけてきたヤツの隣に座る。ヤツは「11」のカードを持っている。横から見ると、メガネのレンズが相当分厚かった。重そうに指先でメガネを押し上げ、

「きみも、番号順に座ってもらってんだけど、いいかな」

 と、あとから来た女子にも問いかけた。

「あたしは8番。……じゃあ、ここか。時計みたいだね」

 8番の彼女もベンチにすっぽりと収まった。

 ほんと、みんな番号を手にしていて、文字盤の時計みたいだ。

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