第93話 目を開けると
直人が目を覚ましたのは救急搬送されて二時間後の事だった。事態を聞きつけた大学の友人たちも駆けつけていて、病室には所狭しと人が並んでいた。
「直人! 聞こえるか! 直人! ────良かった! 目を覚ましたぞ!」
最初に気が付いたのは俺だった。血まみれになり、一時はどうなるかと思われたが、目を少し開けて直人はこちらを見た。
「良かったー……」
病室に居た全員が安堵の声を出した。その時、勢いよく病室の扉が開いた。息を切らしながら入ってきたのは直人の幼馴染だった香織だった。
「直人! 大丈夫なの?」
「安心しろ香織。たった今目を覚ましたぜ」
香織は病室にいる人をかき分けて直人に抱き着いた。思わず皆目を逸らす。全く、幼馴染の縁は強いものですねぇ。
「重たい……。何だ香織か」
「どんだけ心配したと思ってんのよ!」
香織は半泣きで言った。直人はまだ意識がはっきりしていないのか、返事もろくにしない。香織もひとしきり落ち着いたところで、波星劇団という劇団の団長さんが直人のところへ駆け寄った。
「お久しぶりだね。直人君。──覚えているかな」
私はやっと起き上がる事が出来た。周りにはこちらを心配そうに見つめる友人たちが大勢いた。ここが病院である事も間もなくして理解出来た。全身のあちこちから痛みが伝わってくる。腕や足を見てみると、包帯が何重にも巻かれている事が確認できた。
波星劇団の団長──相川さんが何故かいる。美沙子さんの公演を観に行った以降全く会っていなかった。そんな相川さんが何故このタイミングでここにいるのだろうか。
「相川さん。──ご無沙汰しております。──というより、どうして皆ここにいるんでしょうか」
相川さんは少し悲しそうな顔をしている。それが何故だか私には分からない。というよりも、私が何故こんなにも大怪我をしているのかも分からないでいた。森部に視線を向けるが、暗い顔をしてこちらに目線を合わせてくれなかった。
「直人君。──君が何故こんな事になっているか、分かるかい?」
「────いえ。分かりません。一体何が起こったのでしょうか」
相川さんは暫く考え込むように下を向いたが、やがてゆっくりと口を開いた。
「今から言うことを落ち着いて聞いてほしい」
気が付けば周りの人たちもしんとして、皆私の方を見ている。まるで私だけ何も知らない様だった。
「何でしょうか……」
「君をこんな姿にしたのは…………美沙子さんだ。美沙子さんが暴走し、君はあと少しで命が危ない所までいった」
私は心臓を貫かれるような感覚に襲われた。そして、徐々に記憶が蘇ってくる。──そうだ。あの時美沙子さんは私を殴り倒し、息が出来なくなるまで、血が止まらなくなるまで暴力をふるったのだった。
「──あの……。美沙子さんは何者なんですか」
気が付けば涙が出ていた。夕日が窓から差し込んでいたが、その光とごちゃ混ぜになって皆の顔が歪んで見える。
「直人君。美沙子さんは──。美沙子さんはね──」
「アンドロイドだったんだ」
そう言ったのは森部だった。森部はこちらを暗い顔で見つめていた。
「嘘だ……」
咄嗟に言っていた。そうだ、嘘であって欲しい。彼女がアンドロイドだって? 一体どういう事だ。確かに彼女は物知りだ。頭が良くて、綺麗で、いつも笑ってくれている。
そんな彼女がアンドロイドだなんて──私の頭は酷い頭痛に襲われていた。
「直人。美沙子さんはアンドロイド・ディベロップメント社が出来る前の会社で作られた古いアンドロイドだ。今色んな事が絡んで美沙子さんを何者かが操ったんだ。いや、操作したんだ。彼女はアンドロイドである以上、命令には従わざるを得ない」
「そんな……。嘘だ……。嘘だ!」
私はベッドの上で暴れた。すかさず看護師が私の体を押さえつける。私の体に繋がっているあらゆるチューブを抜いて、今すぐ美沙子さんに会いに行きたかった。
だが、かなりの人数の看護師に押さえつけられ、自由は見事に奪われてしまった。今じゃ私もアンドロイドの様な気がしてきた。体中にチューブを繋がれ、自由を奪われ、一体私の体は誰のものか分からなくなっていた。
「美沙子さんは今どこにいるんですか」
「直人、頼むから落ち着いて聞いてくれ。美沙子さんは今アンドロイド・ディベロップメント本社に連れていかれている。そして、厳重な警備体制の元で管理されている」
森部がいつもに増して真剣な顔で私に言ってくる。その雰囲気から美沙子さんの正体が何であるか、現実味が増してきていた。暫くすると、相川さんが再び口を開いた。
「こんな状況でとても言いにくいんだが、アンドロイド・ディベロップメント社が君に協力を求めている」
「どうしてですか!」
私は行き場を失った怒りを抱えていた。美沙子さんを連れて行った会社から協力を求められるなんて、まるで人質だと思った。いや、美沙子さんはアンドロイドだ。だとしたら、彼女は元の居るべき場所に戻ったのか。そう思うと、再び涙が止まらなくなっていた。
「そう思うのも無理もないだろう。だが、美沙子さんが何故今この世界にいるのか。それはしっかりと目的を持っているからなんだ。美沙子さんは実行しなければならない使命を持っている。人間でいう所の夢だ。その夢が私たち人間の運命を左右しようとしているんだ」
あまりにもスケールの大きな話になってきていて、鳥肌が立った。混乱する頭とそれを助長する頭痛に耐えながらも私は相川さんの言葉を聞いた。
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