第71話 対峙

 私と近藤は河本の前へ、西本と並ぶ形で立った。河本は嵌められたと感じたのか、険しいを表情をしながらこちら側を見上げた。古い雑居ビルのカビ臭さが鼻をつく。切れかけている古い蛍光灯が不規則に点滅していた。

 河本はため息をつくと、何かを諦めた様相こちらを見て笑った。

「いやぁ、久しぶりだね。近藤君、そして野村君」

「こちらこそ。人体機構研究所以来ですね。あの時はお世話になりましたな」

 河本のせいでどれだけ苦痛を味わったか。私は今にも殴りかかりそうだったが、そっと抑え込んだ。何せ、やっと河本に会う事が出来たのだから。

「やっとお会い出来て嬉しいですよ。河本さん、あんたも随分とお偉くなったようで」

 殺気を抑えながら私は毅然とした態度を取り続けた。人工知能省の最高指導者として君臨している河本は今もしかしたら、を持っていてもおかしくない。ここは慎重にいかなければならない。

「今までの西本とのお話、隣の部屋で聞いておりましてね。河本さん、貴方『人体機構研究所』は存在しないかのような発言、しておりましたね」

 河本は顔をしかめながらこちらを見た。違う。怒りたいのはこっちなんだよ。お前のせいで、どれくらいの人間が苦しみの底から這い上がれずにいると思っているんだ。

「何を言い出すかと思えば、昔話を。人体機構研究所はもう終わったんだよ。あの研究所の功績はアンドロイド・ディベロップメント社と直結している。それで終わりだ」

「じゃあ何で、人体機構研究所の名前を人工知能省が設立した直後、抹消したんだ」

「そんな事、私に聞かれても困るよ。あの時の旧先端技術計算技術省の大臣がそう指示したんじゃないか? あの時期私は若手で何の権限も無かったのは、君たちも知っているだろう」

「とぼけた事言ってますねぇ」

 近藤が口を開いた。近藤は江口が研究長を務めた代の副研究長だ。彼と旧先端技術計算技術省は良く話をしていた。

「あの時の議事録には、殆どあんたの名前が載っているんですよ。これは紛れも無く、あんたが旧先端技術計算技術省の担当者だったのは間違いないでしょう。そして、あんたの発言はきっちりとこちらで書類として残されている。があって以来、江口以外とはめっきり会わなくなった点もおかしい」

「そんな書類はどこにも無いはずだ。先端技術計算技術省から人工知能省へと変わる時、過去データは全て破棄されている」

 すると西本が笑った。西本は足元に置いていたバッグから書類を取り出し、机に叩きつけた。

「これは、椎葉書店のアーカイブだ河本。椎葉書店は今の大越出版の前身企業であり、大越出版へと経営統合が行われた時にきっちりとアーカイブは引き継がれた。そして、この書類は旧先端技術計算技術省が破棄を行う寸前に取られたコピーだ」

 河本は驚いた表情をして書類を見つめた。そこには確かに河本の名前が多く記されており、言い訳の出来ない程のものであった。

「貴方は当時の研究室長であった江口に圧力を掛け、欠陥あるにもかかわらずプレリリースに踏み切る様に要請した。耐えられなくなった江口はプレリリースを実行。結果として、多くの犠牲者を出した」

 西本は歯ぎしりがする様な表情をしながら河本を睨みつけた。もう、ばらせ。心の中でそう思った。お前は西本ではない。

 河本は重い口調で喋り始めた。

「お前、誰かに似ていると思ったら。まさか……」

「私は西本ではない。当時、人体機構研究所の研究員だった木元政孝の息子、木元浩二だ」

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