第62話 楽しかったのに

 今、私の目の前には美沙子さんが座っている。ゆっくりと過ぎる時間はそれは美しくて、風が吹くと美沙子さんの髪の毛がふんわりと揺れた。

「遊園地のご飯も悪くないですね。昔の人は良く考えましたね、こんな娯楽施設」

 私が言うと、美沙子さんは微笑んだ。今私と美沙子さんは、昼食を食べている。歴史ある遊園地に二人で来る事が出来たのは、未だ夢のような気がしていた。

「昔は今のような娯楽がありませんでした。インターネットや、アンドロイドといったものは随分と時間が経ってから出てきましたからね。ここで働いている人たちもかなりの人たちがアンドロイドのようですから、時代の流れには逆らえない所もあるようです」

 私よりきっと物知りな美沙子さんは、微笑みながらご飯を口にした。私はずっとこの時間が続いてくれればと思った。思い返せば、最初の時飲んだコーヒー、凄く苦かったな。無理して見栄を張ってたあの頃が懐かしい。

 美沙子さんは、劇団に所属してて、花形で、それでいて着飾らない不思議な人だと思っていた。だけどそれは、美沙子さんが思う幸せが今のようなゆっくりとした時間の中で生活するものだとしたら、納得がいく。

 その時だった。その時だったんだ。

「おい、あそこで人が倒れてるぞ!」

 周りが一気に騒めいた。私と美沙子さんも思わず、目線を辺りにやった。一体何事なんだ。人が倒れてる? 熱中症が何かになったのか。

「あれヤバいんじゃないか……? 血が出てるぞ、腹から」

 その一声で更に辺りの声が大きくなった。辺りが大混乱の渦に陥りそうになっていた、その時だった。

 大きな爆発音と主に、目の前が真っ赤に包まれた。次の瞬間、熱風が私のたちの元へ吹き付けた。

「逃げましょう! 危険です!」

 美沙子さんが私の手を急に引いた。私は状況が理解出来なくて、ただただ引っ張られる人形の様になっていた。一体何事だと、私は美沙子さんに引っ張られる中辺りを見渡した。

「一体何が……」

「分かりません。もしかしたら、何かのテロかもしれません! 歴史的な施設ですが、残念です」

 美沙子さんはパニックになった人でごった返す間を縫うようにして走った。それに引っ張られた私もひたすらに走った。

「ブランクID! 止まれブランクID」

 目の前に現れたのは、いつの日かの夜に急に話しかけてきた女──アンドロイドだった。

「おっとお久しぶりだね。直人君。それと、美沙子」

「何の真似ですか。まさか、直人さんに接触したんですか!」

 急に美沙子さんが声を荒げた。この二人は知り合いなのか。美沙子さんは私の手をギュッと握って離さない。その握られた手から緊張感は十分に伝わってきた。

「まさかねぇ。ちょっと接触しただけよ。そんな、下手に喋られないじゃない? だってレベルファイブの守秘義務遂行事項でしょ。それは、貴方もご存じよね? 美沙子。いや、美沙子姉さん。貴方、私の姉妹機の癖によくのうのうの人間様の世界に居られるわね。だって私たち──」

「黙りなさい! 貴方は、そうやってどうしていつも人殺しをするんですか。この遊園地に居た人たちの何人かは既に重症です!」

 私はひたすらに頭が混乱していた。一体、今この二人はどういう話を展開しているのか、さっぱり分からなかった。姉妹機? 何のことだ。

「だって仕方がないじゃないの。あんた探すために一旦ここをパニックにしないと。を見つける手間が省けるじゃない? こっちだって時間がないんだから」

 美沙子さんは険しい表情をしながら女を見た。そして、小声で私に呟いた。

「五つ数えたら、この場から逃げます。私が手を引きますので、つまずかない様にして下さい。お願いします。相手は危険です」

「えっと」

「話は後です。このままでは命が危険です」

 美沙子さんが手をかなりの力で握り始めた。もう、今までの美沙子さんじゃない気がしてきた。私は自然と涙が出てくるのが分かっていた。

「一……二……三……四……五!」

 あまりの引っ張り具合につまずきそうになったが、私は必死になって走った。後ろから女が追ってくるのが見えた。私は涙を流しながら走った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る