第52話 風化された事実

 中西が解析を初めてどの位の時間が経っただろうか。彼の画面を横目で少し覗いてみると、訳の分からない英文を引っ張り出してきたり、意味不明な画像解析の結果を表示させて睨めっこしたりで、到底俺には理解が出来ないものだと悟った。

「この記事が偽造だとしたら、大問題になるな。もし、この記事のに隠された内容が事実だとしたら歴史が変わるかもしれない」

 キーボードをせわしく叩きながら中西は呟いた。大袈裟な、と言おうと思ったが、この記事が扱っている内容は世間が騒ぎに騒いでいる「アンドロイド」という未知なるだ。確かに大騒ぎになっても可笑しくないかもしれない。

「俺たちが世界を変えるな」

「臭い事言うなよ。もう大学生だ」

「冗談だよ」

 ふざけて返した言葉に至極全うな言葉を被せてきた中西だったが、暫く唸った後、両手を叩いて喜びの声を上げた。

「出た! これが偽造前の記事だろう」

 画面をこちら側に向けてくれた。中西が指さす所には確かに大学図書館に保管されていた記事とは異なるものが大々的に載っていた。

「だけど変だな。この記事の右上に『非公開』って書いてある」

「恐らく、その当時にこの記事で発行しようとしたんだろうけど、何者かの圧力が掛かって、発行出来なかったんだろう。お陰でこのアーカイブ引っ張ってくるのに手こずったよ。ちょっと荒業だけど、この出版社の保管庫に何とかアクセスしてデータを掠めてきた」

「ちょっとどころじゃないけどな。完全になやり方だろうが」

 中西は嘗て、不正アクセスで捕まった事がある。しかしながら、その高い技術が認められ、国にホワイトハッカーとして雇われているとか何とか。本当は秘匿事項らしいが、俺にぼそっと教えてくれた。

「また捕まるんじゃないのか?」

「これも捜査の一つだよ。記事の隠蔽が事実ならだ。──それより記事読んでみろよ。とんでもない事が書かれてる」

 俺は恐る恐る記事を読んでみる事にした。


【人体機構研究所 悲惨な事故起こす 死者十名】

『~研究員 三十人近くが重軽傷を負う~』

 三苫前原市にある人体機構研究所では、開発中の人間型ロボットが暴走し、研究員十名が死亡した。人体機構研究所の関係者によると、暴走した人間型ロボットは五体で、現在暴走した全ての機体は停止したとのこと。しかしながら、死者を出した今回の実験で、人間型ロボットの開発に深刻な影響が出ると予想されている。

 世界初の人間型ロボット、所謂「アンドロイド」の発表を来月に控えていた人体機構研究所だが、「当面の間見送る」と発表。今後の人体機構研究所の運営の継続についても「不透明」としている。今回の事故について、人体機構研究所の研究員である江口基弘は「国の開発基準をクリアした研究プロセスだったが、今回の事故は誰も想定しておらず、原因も不明だ。今後はその原因を明らかにし、国へ速やかに提出する」と述べた。


「ちょっと待て。江口基弘って」

「そう。今のアンドロイド・ディベロップメント株式会社の創業者であり、社長だ。アンドロイド・ディベロップメント株式会社の創業は三十年前。この記事が本当であるならば、事故が起こった十年後に江口は会社を立ち上げている」

「この事故があった後、この研究所はどうなったんだ」

「調べてみたら隣町にこの研究所はあったようだ。当時は隣町も含めて三苫前原市だったから、記事の表記だと三苫前原市になる。今はもう動いてないみたいで、不良の肝試しスポットになっているようだ。あと地図は見つかった。この研究所があった場所には行ける。──多少リスキーだが、レポートの題材には持ってこいかもしれないぞ」

「お前……。ただお前が行きたいだけだろ?」

「見透かされたか。とても興味が湧いてきたんだ。どうだ、この激動の時代に一つの仮説を立ててみる遊びをしないか?」

 高校の時に見た、こいつの生き生きとした顔を久しぶりに見た。世の中にこの記事が出回っていないのだとしたら、アンドロイドという産物の過去は偽られたまま闇に葬られている事になる。

「面白くなってきたな。行こう、その跡地に」

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