第47話 雑居ビル
不規則に明滅する蛍光灯の元、俺と咲子は雑居ビルの中へと入っていった。この雑居ビルは相当昔に建てられたものらしく、今の建築基準だと違法だと何とか。まぁ、こんなスラム街じゃ違法もへったくれも無いのだが。
「兎にも角にもだ。ここの最上階に行ってその目で確かめてみるんだな。その西本って奴がどんな顔だとか知ってんのか?」
「知っている」
マズいな。顔を知っているとなると、部屋に入った瞬間バレてしまう。そうなれば俺の嘘がバレて殺されてしまう。
「な、なるほどなぁ……」
「この雑居ビルは元々は他のテナントが入っていたのか?」
「唐突に聞いてきたと思えば、変な質問するなぁ。そうだよ。俺が生まれるうんと前に玩具メーカーの直売店があったって聞いてるぜ。ただ、時代の流れだろうね。玩具メーカーも昔あった電子書籍化戦争と同じような感じで淘汰されていったんだよ」
この辺りに昔から住んでいる年寄りから聞いた話だ。皆決まって「激動の時代だった」と口を揃えて言っていた。
一しきり話したが、女は変わらず黙っていた。そうこうしている内に雑居ビルの最上階についてしまった。
「こっから先はお前一人で行ってくれ。俺が挟まってもどうしようもないからな」
「分かった」
良かった。ここでお前も一緒に来いとでも言われれば、確実に嘘がバレてしまう。俺は咲子が廊下奥の扉に入っていくのを見送った。不規則に明滅する蛍光灯の先に咲子の姿は消えていった。
「さてと、俺はさっさとこのビルを出るとするか。さもないと、嘘がバレて殺されちまう」
俺は早足で雑居ビルの階段を降りようとした。その時だった。背後が突然オレンジ色に輝いたと思ったら、恐ろしい程強烈な爆風が吹き荒れ、体が宙を舞った。
「一体何なんだよ!」
今度こそ死を覚悟した。が、運よく階段の陰に突き落とされた俺は爆風の後に追ってきた山のようなガラスの破片を直に受けずに済んだ。
「樋口……」
微かに聞こえる俺を呼ぶ声。女では無く、男の声だ。となると、まさか。
「お前、何て奴呼んだんだ」
全身が血まみれになってしまった、この地区最強の人間、緒方さんではないか。最初は状況が理解出来なかったが、目の前のその光景に改めて恐怖心が横切った。「熱い……」
やがて緒方さんは階段をずたずたを鈍い音を立てながら滑り落ちていった。ちょっと待った。俺が想定していた状況と全く違う。恐ろしすぎるぞあの女。しかしながら、咲子もこれだけの爆風と熱風を浴びたはずだ。緒方さんと同じように負傷しているはずだ。
「ったく、大した奴では無かった」
いや待て。全くの無傷ではないか。そんな嘘みたいな事があるか。さっきの緒方さんの負傷の仕方から見て、かなりの衝撃だったはずだ。なのにあの女、傷一つないじゃないか。
「お前、一体何者なんだ……」
「私か。──何度も言わせるな。咲子だ」
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