第23話

「それにしても広いな……」


「無駄に大きいだけよ、案内って言っても面白いものなんて何も無いわよ?」


「この絵とか高そうだが……」


 俺は廊下に掛かっていた絵を見て姫華に尋ねる。

 高そうだとは言ったが、正直絵の価値なんてわかる訳が無い。


「あぁ、それは2000万とか言ってたかしら」


「そんなにするのか……」


「そこはもう少し驚くところでしょ……リアクション薄いわねぇ」


 一応驚いたつもりだったのだが……。

 2000万円もする絵なんて、俺は生で初めて見たかもしれない。

 

「じゃあ、この壺は?」


「500万位じゃない?」


「金持ちの金銭感覚はおかしい」


「アンタも金持ちでしょうが!」


 それもそうか。

 池﨑邸はなんだか部屋の中まで結構派手な感じがする。

 祖父は無駄な物をあまり買わない人なので、三島の屋敷にはここまで高い物はそうそう無いと思う。


「お嬢様」


「あら、どうしたの高付(たかつき)さん」


 廊下を歩いていた俺と姫華の前に現れたのは、あのとき姫華を追いかけてきた、執事長の老人だった。

 老人は俺の方を見ると、頭を下げて謝罪し始めた。


「先日は申し訳ありませんでした。私の勘違いとはいえ、拓雄様には大変なご迷惑を……」


「あぁ、いや別に気にしてませんから」


 高付さんはあのときと比べて随分穏やかだった。

 あのときは姫華を守ろうと必死だったのだろう。


「それと、拓雄様に少々お話があるのですが……」


「え、俺にですか?」


 俺は言われるがままに、近くの執事長室に入って行く。

 姫華は外で待っている事になった。


「で、なんでしょうか?」


「………お嬢様は昔から優しくて良い子でした」


 どうしたんだ?

 なんか急に語り出したが……。


「私はお嬢様には幸せになって欲しいんです……」


「なら、なんで無理矢理結婚なんてさせようとするんです?」


「………旦那様の意思です。私のような者が口を出せる話しではありません……」


「面倒ですね」


 話しをする高付さんはなんだか寂しそうだった。


「そこでお願いがあるのです」


「俺にですか?」


 急に真剣表情になり、高付さんは俺の目を見て話し始める。


「これからも、お嬢様のお友達で居ては貰えませんか?」


「はい?」


「お嬢様はお友達がほとんどいません。なので、これからもお嬢様の話し相手になって欲しいのです」


「いや、言われなくても俺はそのつもりだったんですけど……」


「本当ですか!?」


「は、はい……」


 勢いよく迫ってくる高付に俺は体を反らしながら答える。


「良かった………これでお嬢様は……なんとか」


「……そこまで思ってるなら、あいつの味方になって上げて下さいよ」


「……そうしたいのですが……先ほども言った通り私ごときでは……」


 まぁ確かに執事ごときが口を出せる問題では無いのだろうが……。

 どうしたものだろうか?

 高付さんには俺のやろうとしている事を言っても良いのではないだろうか?

 池﨑家の情報を教えて貰えるとしたら、作戦の成功率は上がるが……。


「あの……もし俺が姫華と結婚したいって言ったら……どうします」


「殺します」


 よし、この人には絶対に喋ってはいけないことがわかったぞ。

 てか、そんだけの殺意を婚約者に持てるなら、なんとかしてやれよ……。


「お嬢様の思い人はお嬢様自身がお決めになること! そんな会社やお家のための結婚など……」


「た、確かにそうですね……冗談ですよ」


「悪い冗談はおやめ下さい、おっとスタンガンの電源を切らないと」


 この人が一番危ない気がする……。

 俺はそんな事を思いながら、部屋を出て姫華の元に戻る。


「何話してたの?」


「いや……お前も大変だなって話し」


「? まぁなんでも良いけど。私の部屋に行きましょう」


「え、お前の部屋?」


「何か問題?」


「いや、女子って自分の部屋に男を入れるのは、嫌なのかと思ってたから」


「私は別に気にしないわ、それにゆっくり話せるのはそこくらいだし」


 俺は姫華の後ろに付いて行った。

 二階に姫華の部屋はあった。

 広く日当たりの良い部屋に、ベッドと机、そして化粧台とテレビが置いてあった。

 言わずもがな、何もかもがデカいし高そうだった。


「まぁ、座って話しましょ、こっちは色々愚痴が溜まってるのよ」


「仕方ない、付き合ってやるか」


 こうして俺はまたしても姫華の愚痴に付き合わされた。

 しかし、愚痴を溢している時の姫華は凄く楽しそうだった。

 疲れが抜けているというか、ストレスを吐き出しているようだった。


「……てな訳よ! はぁ……花嫁修業って言っても……私が掃除をする事なんてあるのかしら? 全部メイドさんがやってくれてるのに……」


「やり方を知ることが重要なんだろ?」


「そうかもしれないけど……毎日疲れるのよ、楽しいことも無いし」


「そうなのか?」


「私に遊びに誘ってくれるような友達が居ると思う?」


「なら、俺と来週出かけよう」


「え?」


「ん? 聞こえなかったか、一緒に出かけようと……」


「い、いや、聞こえては居たけどさ! いきなり過ぎない!?」


「いや、そこまで言うなら俺が誘うって言ってるんだ」


「ちょ、ちょっと待ってよ! 私にだって用事が……」


「あんなに嫌がってたのに、お前はその花嫁修業の方が良いのか?」


「そ、そうじゃ無いけど……」


「じゃあ、行くぞ。買い物なんてどうだ?」


「あ、アンタって、結構強引なのね……」


「親父さんには俺が言っておく」


 俺は半ば強引ではあったが、約束を取り付けた。

 まぁ、姫華もまんざらでもなさそうだったし、良いだろう。

 

「と、友達となんて……出かけた事ないから……わからないんだけど……」


「普通で良い、いつも外出する服で財布とスマホを持って来れば良い」


「わ、私……スマホ持ってないんだけど……」


「あぁーじゃあ財布だけ持ってこい」


 お嬢様はスマホも持ってないのか……。

 連絡先を聞こうと思ったが、失敗だったな……。


「そう言えば、お前の家って母親は?」


 俺はふとそう思い、姫華に尋ねた。

 しかし、俺は姫華の表情を見て、聞くべきでは無かったことを悟った。

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