第22話
「終わった?」
「勉強か? あぁ、しっかり睡眠も取れって言われてるからな。毎回日をまたぐ前に終わるな」
「そう……疲れてる?」
「まぁな、それがどうした?」
「添い寝……」
「しなくていい」
「むぅ………」
役に立とうとするその姿勢は良いと思うが、頑張りどころを間違えている気がする。
年頃の女の子なのだから、色々と気にして欲しい。
「それだけのために来たのか?」
「うん」
「じゃあ、部屋に帰って自分のベッドで寝てくれ」
「………うん」
「じゃあ、お休み」
「……あんまり無理は……しないでね」
「ん? あぁ、それはわかってるよ」
名残惜しそうな感じで早癒は自分の部屋に帰っていった。
きっと俺が早癒をあまり頼らないから、頼って欲しかったのだろう。
最近はやたら俺に頼み事は無いかと聞いてくる。
「さて、寝るか」
明日は休日、午前中に勉強をして午後は休みになる。
そして日曜日は由香里との約束の日だ。
*
土曜日の昼、俺は祖父に呼ばれて祖父の部屋に来ていた。
「じいちゃん、どうかしましたか?」
「うむ、これから池﨑の家に行くのでの、良かったら一緒に行かぬか?」
「え、俺もですか?」
「うむ、婚約者に選ぶとしたら、なんらかのきっかけがいると思っての、ちと池﨑の顔でも見に行くんじゃ」
「なるほど、急に指名したらおかしいですもんね」
「そういうわけじゃ、そういう事で付いてくるか?」
「はい、一緒に行きます」
急に行くことが決定した池﨑邸。
この屋敷同様に大きな家なのだろうと予想した俺だったが、池﨑邸は俺の予想を大きく上回っていた。
「城ですか?」
「全く、相変わらずな家だわい……日本には日本らしい建物があるだろうに……」
池﨑邸の前に到着した俺は、その大きなお城のような屋敷に驚いていた。
一瞬、大人が行くと言われているホテルと間違えてしまいそうだ。
「これはこれは、三島様」
「急にすまんの」
「いえいえ、先日のパーティーではご出席いただきありがとうございました」
「うむ」
「ささ、こちらにどうぞ。お孫さんも」
「ありがとうございます」
俺と祖父は池﨑邸の執事に案内され、家の中に入る。
前に見た執事とは別の人だったが、池﨑邸には何人くらいの執事が居るのだろうか?
「旦那様とお嬢様はただいま参りますので、こちらでしばしお待ち下さいませ」
「うむ」
執事にそう言われ、俺は祖父と客間に案内されて池﨑邸の主人が来るのを待つ。
「池﨑という男は確かに仕事は出来る」
「はい」
「しかしじゃ、それ故に周りが見えなくなる事がある厄介な男なんじゃ」
「そうなんですか?」
「今回の一件がそうじゃ、娘の意思を無視しているから、家でなんて真似をされてしまっておる」
「確かにそうですね」
「本当に……昔のわしにそっくりじゃ」
「じいちゃん……そんなに後悔してるんですか?」
「あぁ……わしはとんでもない間違いをした」
そんな暗い話しで空気が悪くなり始めたころ、客間の扉が開き池﨑邸の主人が現れた。
パーティーで挨拶をしたので顔は覚えている。
相変わらず年相応のイケメンだ。
「三島様、お待たせして申し訳ありません」
「いや、わしが急に来たのが悪いのじゃ」
「何を仰いますか、お忙しい中を時間割いて来ていただいたのです。ありがたい限りです」
俺にはただ普通の人にしか見えないが、本当にこの人は会社の利益のためだけに娘を結婚させようとしているのだろうか?
俺がそんな事を考えていると、続いて姫華が姿を現した。
「三島のおじいさま、こんにちは。昨日はありがとうございました」
「うむ、元気そうでなによりじゃ」
「拓雄さんもごきげんよう」
現れた姫華はパーティーで見せていた、あの作り物のような笑顔を浮かべてやってきた。
てか、ごきげんようって……お前絶対俺にそんなこと言わないだろ。
「あぁ……すまんがの孫に屋敷を案内して貰えぬか? ここで老いぼれの話しに付き合うのも退屈であろう」
「わかりました。姫華、案内して差し上げなさい」
「はい、お父様」
祖父のアシストで俺は姫華と話すきっかけが出来た。
俺は姫華に案内されて客間で出る。
長い廊下を少し歩いたところで姫華は本性を表した。
「あぁ……休みの日に何の用よ」
「よかった、いつものお前だ」
「何よ、こっちは休みの日に良いお嬢様の振りをしなきゃいけなくて不機嫌なのに」
「仕方ないだろ、じいちゃんが急に行くって言い出したんだ」
「はぁ……まぁでも良いわ、アンタにはこれで行けるから」
これと言うのは自分の素の事であろう。
正直言うと、俺はあの気持ちの悪い作り笑いよりもこっちの自然な表情の姫華の方が好きだ。
俺は姫華と共に屋敷内を歩き始める。
「この前はありがとね、愚痴聞いてもらって」
「気にするな」
「………正直不安なのよ」
「だろうな」
不安なのは婚約の事だろう。
姫華は歳的にもう結婚の出来る年齢だ。
結婚しようと思えばいつでも出来てしまう。
しかし、婚約相手が一回りも歳の違う男性、不安になって当然だ。
「私……いままで友達って出来た事無かったの」
「そうなのか?」
「うん……池﨑家の娘ってだけで、みんな話し掛けづらいって近づいてこなかったし、義務教育を終えた後は、家で勉強してたから……」
「そうか……俺はもうお前と友人のつもりだが?」
「……慰めでそんな事言わなくていいわよ……面倒でしょ、こんな女と友達になっても」
「いや、そうは思わない、俺の周りには面倒な奴らばかりだからな」
「なによそれ」
俺の話に笑みを浮かべる姫華。
そうだ、俺が見たかったのはこの自然な笑顔だ。
俺には決して出来そうにない……この綺麗な笑顔……。
「友人として聞く、俺に出来ることはあるか?」
「……無いわよ。それに、私も覚悟は決めたから」
やめろ、結婚は覚悟を決めて行うものでは無い。
俺はその言葉を聞いた時、パーティーでの婚約者のあの電話を思い出した。
あいつは、姫華を……俺の友人を不幸にする……。
だから俺はこいつを助けてやりたいんだ。
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