第17話

「私は……早く一人前になりたい」


「じゃあ、頑張れ」


「うん、だからもっとお世話させて」


「それは必要ない」


「むぅ………」


「それに、基本的に自分でなんでもやってたから、本当に頼む事が無い。基本的になんでも出来るからな」


「じゃあ……今日こそ下のお世話を……」


「お前のその片寄ったメイド知識はどこで覚えたんだ?」


 ため息を吐きながら、俺と早癒は迎えの車に乗って屋敷に帰宅する。

 明日から三連休ということもあり、凄く気分は良い。

 日曜日は姫華の婚約パーティーに行かなければならないが、その他の明日と月曜日は完全にフリーだ。

 

「折角一緒に住んでるんだし……じいちゃんとなんかしたいよなぁ……」


 部屋に帰った来た俺はふとそんな事を考える。

 色々忙しくて、今週はあまり祖父と話しが出来きていないが、俺自身は祖父にもっと聞きたい事がある。

 

「だけど……忙しいそうなんだよなぁ……」


 祖父はいつも急がしそうにしている。

 食事の時には軽く雑談をするが、それ以外はあまり話しをしない。


「それに……姫華のやつは結局親を説得できなかったのか……」


 あんなに嫌がっていた許嫁との結婚。

 姫華の気持ちを考えるとなんだか婚約パーティーに顔を出すのが気まずい。


「あいつ……今どんな顔してるんだろう……」


 俺は部屋のベッドの上であの表情豊かなお嬢様の顔を思い出す。






「お姉ちゃん」


「ん? どうしたの早癒?」


「メイドの仕事、もっと教えて欲しい」


「え? 拓雄君の世話もあるのに大丈夫?」


「拓雄……私に全然仕事させてくれない……」


「あぁ……確かあの子は旦那様と暮らし始める前までは一人暮らしって言ってたし……しっかりしてるものねぇ……」


「ん……だから、拓雄が出来ない事を出来るようになって役に立ちたい」


「ウフフ、その心意気は凄く言い事よ、お姉ちゃん嬉しいわ」


「ん……拓雄……優しすぎる………」


「そうなの? いつも学校ではどんな感じなの?」


 私がそう尋ねると、私の妹は少し考え話し始めた。

 この子を拓雄君の専属にして三日、姉としてはいろいろと心配してしまう。


「ん……基本いつも一緒」


「そうなの」


「私が教科書を忘れたら……一緒に見せてくれる」


 あらあら、我が妹ながらドジね。


「あと……お腹が鳴ると、私にお菓子をくれる」


 えっと……それ良いのかしら?

 ご主人様のご厚意だし……無下にも出来ない?


「あと……授業でわかんないところがあったら教えてくれる」


 それは貴方の仕事じゃないの?


「あと………」


「まだあるの?」


 私は少し落胆していた。

 やっぱり妹にメイドは早すぎた。

 もっと基本を覚えてからだと……。

 しかし、妹は……。


「………褒めてくれる」


「え……」


「頑張ったら褒めてくれる………だから……もっと褒めて欲しい」


 顔をわずかに赤らめながら、妹はそう言った。

 その言葉を聞いた瞬間、私は拓雄君が早癒の初めての主人で良かったと心から思った。

 

「そう、ならがんばらなくっちゃね。もっと褒めてもらうために」


「うん………だからお姉ちゃん」


「ん?」


「この四十八手ってやつ……教えて」


「早癒、それは絶対にメイドとは関係ないわよ」


 妹のメイドに対する認識が少しズレているではないかと思った瞬間だった。







「……今日もじゃ」


 わし、三島厳(みしまげん)は眉間にシワを寄せて悩んでいた。

 その理由はもちろん、孫と何を話せば良いかじゃ。


「今日こそはと思ったが……結局何も言えん……はぁ……」


 やっと出来た顔を見る事が出来た孫。

 わしを気遣い、優しく素直で成績も良い、流石はわしの孫じゃと言うほど出来た子じゃ。

 本当なら今まで渡せなかったお年玉と誕生日プレゼントと、クリスマスプレゼントを渡したいのじゃが……。


「なんで受け取ってくれぬのじぇ……」


 わしは拓雄君のために用意した、現金十億円を見ながら嘆く。

 多すぎると、またしても断られてしまった。

 孫に小遣いを渡すのがこんなに難しいとは……。


「うーむ……どうしたら良いのじゃ……」


 わしに出来る何かを拓雄君にしてあげたい。

 しかし、金も別荘も高級マンションも要らないと言われた今、わしは何をすれば良いかわからなくなりはじめていた。


「こうなったら……若いメイドを後十人ほど……」


「旦那様、それは拓雄様に悪影響ですわ」


「ぬぁぁぁぁ!! も、最上! いつからそこに!!」


「『なんで受け取ってくれぬのじゃ……』の辺りからですね」


「の、ノックぐらいせい!」


「しましたよ、まったく……旦那様は本当に不器用ですね」


 部屋に入ってきたメイドの最上は、クスクスと笑いながらわしにそう言い、お茶を差し出す。


「むぅ……そうじゃったか……」


「旦那様、焦らずともまだまだ時間はあります。ゆっくり距離を縮めれば良いではありませんか」


「わしはもう歳じゃ! 明日逝ってもおかしくない!」


「旦那様、そのブラックジョークは笑えません」


 しかし、実際はそうじゃ!

 わしより先に拓雄君が死ぬことの方が確率的には少ない。 

 焦るに決まっておる。

 わしがそんな事を考えていると、部屋をノックする音が聞こえた。


「なんじゃ?」


「あ、じいちゃん? ちょっと良いですか?」


「はわぁ!?」


「?」


 ビックリして変な声が出てしまったわい。

 ま、まさか拓雄君が来るとは……。

 最上! お前はなぜニヤニヤしておる!


「は、入りなさい……」


「じゃあ、お邪魔します」


 拓雄君は、静かに戸を開けて部屋に入って来た。

 

「な、なんじゃ? どうかしたのか?」


「いえ、実はじいちゃんともっと話しをしてみたいと思いまして」


 な、なんじゃと!?


「ほ、ほぉ……な、何故じゃ?」


「いえ、母の事やじいちゃんの話しを聞きたいだけです。なので、三連休中に休みがあれば、俺とお茶でも飲みにいきませんか?」


 な、ななななな!! なんじゃとぉぉぉぉぉぉ!!


「わ、わかった……予定を調整しよう……よ、予定の方は追って連絡するでの……」


「お願いします。それじゃあ、お休みなさい」


「う、うむ……」


 そう言って拓雄君はわしの部屋を後にした。

 な、なんと言う事じゃ……まさか向こうから誘って来るとは…。

 だから最上! なぜニヤニヤしておる!

 

「よかったですね」


「う、うるさいわい!」


 わしは最上の言葉に顔を熱くしながら言い返す。

 よし、月曜の予定は全部キャンセルじゃ!!

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