第5話

「な、なななな!! 何をご冗談を!! お嬢様! そやつは誰ですか!」


「えっと……あの……そう! 嵐山!」


「荒山だよ馬鹿」


「馬鹿とは何よ!!」


「馬鹿を馬鹿と言って何が悪い?」


 とんでもない事に巻き込まれてしまった。

 俺の目の前の老人は、今にも俺を殴り飛ばそうと拳を堅く握り閉めている。

 隣の俺を巻き込んだ本人は不服そうにジト目で俺を見ている。


「あの安心して下さい、俺とこいつは……」


「もうキスまでしたわ!」


 こいつは何を言っているんだ?

 目の前の老人がポケットからスタンガンを取り出し始めたぞ。


「俺の話を聞いて下さい、俺とこいつはつい一時間ほど前に……」


「今夜はこいつの家に泊まるから!」


 おい、余計な事を言うな。

 見ろ、目の前の老人の怒りのオーラが肉眼でも見えるようになったぞ。


「貴様ぁぁぁ……お嬢様に何をしたぁぁぁ……」


「何もしていません」


「嘘をつくとためにならんぞ……」


「本当です、すべてこの馬鹿の妄言です」


「お嬢様を馬鹿とは何ごとじゃぁぁぁ!」


 この人は人の話を聞いているのだろうか?

 

「そうよ! 私は馬鹿じゃないわよ!」


 お前まで入ってくるな、話しがややこしくなる。


「とにかく、私はこいつの家に泊まるから!」


「いけません、男の家など……子供が出来てしまいます!」


「そんな簡単に出来ないわよ!」


 泊めるなんて俺は一言も言っていないのだが……。

 

「いけません! とにかく帰りますよ!」


「ちょっと! 離してよ!」


 老人は姫華を車に乗せようと、姫華の腕を掴んで車に連れて行こうとする。

 姫華は俺の腕を掴んで離そうとしない。


「おい、そこのおまえ! お嬢様を離せ!!」


「あの目が悪いんですか? 俺は何もしてませんが」


 俺はただ棒立ちしているだけなのだが、何を勘違いしたのか老人は俺に怒りを向けてくる。 そう言うならと、俺は老人を手伝い、姫華を車に乗せるために姫華を抱きかかえる。


「きゃ! ちょっと何よ!!」


「帰れ、迎えも来たし丁度良い」


「そんな事を言ってんじゃ無いわよ! どこ触ってんのよ!」


 俺が姫華を抱きかかえて、車に乗せようとする。

 これであの老人も納得するだろう、そう思ったのだが……。


「貴様ぁぁぁぁ! お嬢様に何をする! 早く離れろぉぉぉぉ!!」


 またしても盛大な誤解を受けているようだった。


「いや待ってください、俺はこいつを車に……」


「じゃかあしいわぁ! 良いからお嬢様を離せえぇぇぇ!!」


 鬼のような形相と言うのはまさにこの事であろう。

 これは話しを聞いてはくれないだろうと、俺は思わず逃げ出してしまった。


「ちょっと! どこに行くのよ!!」


「今あの人は興奮して話しを聞いてくれなさそうだからな、落ち着くまで逃げる」


「なら下ろしなさいよ!」


「その間に追いつかれる」

 

 老人は歳を感じさせない機敏な動きで俺と姫華を追いかけてくる。

 老人のあまりの形相に危機を覚え逃げたが、姫華を置いて自分だけ逃げた方がよかったのではないだろうか?


「まてぇぇぇぇ!! クソガキィィ!!」


 俺は咄嗟に路地裏に隠れ、老人をやり過ごした。

 怒りであまり目の前が見えていないようで助かった。


「はぁ……まったくどうしたものか」


「ちょっと、さっさと下ろしなさいよ」


「はいはい。お前のせいで余計にこじれたじゃねーか」


「だって、ああでも言わないと連れて行かれるでしょ」


「俺に迷惑が掛かるとか考えなかったのか?」


「まぁ、出会ったのも何かの縁だと思って、私を助けなさいよ」


「お前みたいに失礼な奴は初めてだよ……」


 なんとか家に帰って欲しいが、あの執事の様子ではまともに話しも聞いてくれないだろう。 誤解を解かないとあの執事は俺に何をしてくるかわからない。

 それにこのままこの馬鹿を放って置くのも色々心配だし、何かあったら後味が悪い。


「はぁ……仕方ない、一時的に俺の家に置いてやる」


「え……アンタ確か一人暮らしよね……」


「そうだが?」


「へ、変な事しないでよね!!」


「………お前みたいな馬鹿に、そんな事するわけないだろ……嫌なら素直に帰れ」


「あ! ちょっと待ちなさいよ!!」


 俺は姫華を連れて自宅のアパートに帰る。

 泊める気は無い、あくまでもこの馬鹿を説得するためだ。

 

「ここだ」


「随分小さい家ね」


「ちなみに言うと、この建物の一室だからな俺の部屋は」


「え! 家の応接間より狭いわよ!?」


「もう、お前は帰れ……」


 驚くお嬢様の隣で俺は部屋の鍵を取り出し、家の中に入る。

 

「ホントに狭いわね……」


「追い出すぞ」


 お前はどんな部屋に住んでいるんだよ。

 そう言いたかったの堪え、俺は姫華の説得を始める。


「単刀直入に言う、帰れ」


「いや、来たばっかりじゃない」


「言っておくが泊める気は無い」


「私に野宿をしろって言うの?」


「それが嫌なら家に帰れ」


「嫌!」


「……」


 一向に話しが進まない。

 明日も学校なので早く帰って欲しいのだが、姫華はテレビを見始めてしまった。


「あのなぁ……知らない男の部屋に来てくつろぎ過ぎじゃないか?」


「そうかしら? 狭いけどなかなか居心地が良いのよね」


「狭いは余計だ、さっさと帰れ」


「だから、嫌だって言ってんじゃん」


「お前なぁ……このまま俺の部屋に居てもなんの解決にも……」


 俺が結構真面目な話しをしていると、姫華はテレビに飽きて俺のベッドの下を覗き始めた。

「おい、何をしてるんだ?」


「いかがわしい本とか無いかなと思って……」


「馬鹿な事をしてないでだな……」


 そう言って止めに入ろうとした俺だったのだが、偶然にもその瞬間に電話が来てしまった。 

「誰だ、この忙しい時に……葵?」


 電話の主は葵だった。

 一体なんの用だろうか?


「もしもし、すまないが後でかけ直して……」


『荒山君! 貴方今どこで何をしてるの!!』


 何故か大声を出す葵。

 随分とお怒りの様子だが、何かあったのだろうか?


「家に居るが?」


『やっぱり! ラブレターのこと忘れてたでしょ!』


「あ……」


 俺は葵に言われ、制服のポケットを確認する。

 朝に貰って読みもしていなかった。

 内容を確認すると、放課後に三階の空き教室で待っていると言うものだった。

 今の時刻は19時を越えていた。


『由香里(ゆかり)ちゃんずっと待ってたのよ!!』


「すまない、色々ありすぎてすっかり忘れていた。今まだ学校に居るのか?」


『健気に待ってたわよ! 私が通り過ぎなかったら一晩中居たわよ! 罰として今から謝りに来なさい!』


「今からか?」


『当たり前でしょ! 色々あったのは知ってるけど、悪いのはアンタなのよ!』


「わかった、今から行こう」


 俺は葵にそう言い、電話を切って再び靴を履き外に出る。


「すまんが俺は急用で出かける。テレビでも見て待っててくれ、腹が減ったら冷蔵庫の中の物を適当に食え」


「え!? ちょっと!」


 俺は姫華を無視して学校に走って戻っていった。

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