第五章 増大する闇と失う光

第五章 増大する闇と失う光(1)

 ブランに敗れ意識を失っていたノワールはシュバルツの前で目を覚ました。


 場所は王宮のはずれ、おそらく親に見つからないようシュバルツが配慮をしてくれたのだろう。起き上がり、今なお胸の中にある違和感を抱えながらもシュバルツのほうを見た。


「シュバルツ……すまなかった……迷惑をかけたな」


 あの時は色々と感情が爆発していた。目の前にブランの光があったからこそ余計そうなったのだと思うが……冷静ではいられなかったのだ。

 特に……光がもうすぐ手に入ると思ったのに……弾かれ……まだまだ遠いところにあると実感した時と来たら……。


 もう絶望というか……驚愕というか……もう、言葉では言い表せない感情が奥から溢れ出してきていた。そして何が何でも光が欲しいと……思って理性を葬ってあがいてしまったのだ。


 そんなことも一度気絶し冷静になって初めてやっと分かり始めたのだから……もう……光は……とんでもない。だって、それでも……いまでも……光は欲しいと思い続けているのだから。


 シュバルツの肩に手を一度ポンと置くと、今度床に手をつき体全体を起こしていく。体はかなり重かったが、どうしてもシュバルツにはそれを悟られたくなかったため、無理して立ち上がった。


 なんとか立ち上がれた結果に安堵のため息をつき、自分の部屋に向かって歩き始める。だが、そんなノワールの背中にシュバルツが言葉の釘を刺してきた。


「ずいぶん、ご無理をなさっているようですな」


 なるべく無理しているそぶりを見せないでいたつもりだったが、シュバルツにはお見通しだったらしい。いや、長い間世話になっている人なのだ、ノワールのことなど手に取るようにわかるのだろう。


 何かしら、説教でも飛んでくるのかと思い、覚悟するべく目を閉じたが、その次にシュバルツから飛んできた言葉は想定外のものだった。


「ノワールさま、申し訳ございませんでした」


 シュバルツの口から飛んできたのはノワールに対する謝罪。思わず、首をシュバルツのほうへと向けた。


「なぜ、君が謝る?」


 シュバルツは一瞬、話すのを渋るような動作を見せたが、すぐに顔を上げた。


「わたしはあなたに対して光を取り込むことを進めてしまった。だが、やはりそれは間違いのほかありません。現にあなたの闇は見るのも悲しいほどに弱いものになってしまっている。異物が入り込んだあなたの闇は……失礼ながらとても濁って見えるのです。かつての美しく深い闇ではなくなっている」


「……それでもわたしは少し……本当の本当に少しだが光に近づけたことにまったく満足を得ていないといえば嘘になる。確かにブランそのものの光にはまるで遠かったが……今でもわたしの中で光が渦巻いているのを感じて心が躍っている。後悔だけは……絶対にしていない」


 そう言い、ゆっくりと背をシュバルツのほうへと向けた。


「だからこそ……わたしの光に対する思いに希望を見出してくれた君にだけは……そのようなことを言われたくなかった。……謝ってほしくはなかったよ」


「ノワールさま……」


 シュバルツをよそに窓から外を眺めた。既に日は沈み夜になっていた。だが、夜空でいつも美しく輝いている月は雲に覆い隠され、闇色に染まっている。まるで今自分の中にいるビアンカみたいだ。そこには確かに光が存在しているはずなのに、闇の中で埋もれてしまう。


 それは……本当の光ではない。


「シュバルツ、今日はもう寝るよ。君から親にわたしが帰っていることと夕食はいらないということを伝えておいてくれ」


 その頼みに対しシュバルツはノワールの後ろで言葉を返しているようだったが、もうその話を聞く気にもなれずただ、吸い込まれるように自分の部屋へ、さらにはベッドの中へと入っていった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る