090から物語

大和ヌレガミ

1章 やさしさとやりたさのあいだ

第1話 初対面の女子

 オレは上野のファッションビル、ABABの中で女の子を待っていた。

 いつもながら待っている時間はドキドキする。好きな子とデートかって? いや、そういうたぐいのドキドキじゃない。例えるならガチャをまわす瞬間に似ている。なぜならこれから会う女はまだ顔を見たことがないからだ。


 おっと、もう待ち合わせの午前11時を10分すぎている。


 そろそろ彼女が来る時間だが、もし来ないならどうしようか? 不忍池でも散歩しながら、別の女性から電話がかかってくるのを待つべきだろうか?

 そんなことを考えたりしていると、携帯電話が鳴った。液晶には「マイ20才・銀行員」とある。


 約束をしている彼女だ。


「いま着いたとこだけど、ユウジはもう来てるの?」


 彼女の声は心なしか元気がないように聞こえた。一昨日に電話で話したときは引くくらいにハイテンションだったのに。


「いま、建物の中にいるから、すぐに出るから待ってて」


 これ以上、彼女を一人にして元気をなくさないように、オレは下りのエスカレーターを一気にかけ下りていった。


 表に出ると、頭に花をつけた顔の黒い女が何人も立っている。彼女たちガングロギャルたちも待ち合わせをしているみたいだが……もしかしてこの中にマイはいるのだろうか? それならそれで、オレはかまわないけど。


 オレはマイの電話にかけなおした。


 バッグから電話を取り出す女の子を探す。電話をとったのは色白の女の子だった。

 彼女は赤いチェックのフレアスカートに黒のブラウス、白いラバーソールを履いて、スカートと同じ色のキャスケットをかぶっていた。パンク少女風のわりに、髪も黒でロング、化粧もほとんどしてなかった。


 マイと目があい、オレが手をあげると、彼女は携帯電話をバッグにしまった。オレの顔を確かめるように、少し上目遣いで遠慮がちにのぞきこんでくるマイ。電話のときはエディ・マーフィばりに早口でしゃべってきたのに、印象がちと違う。


 けっこうかわいいよ。

 と電話で聞いていたので、オレは遠慮なく顔を見てしまう。


 たしかに顔のバランスは整っている。スッととおった主張のない細い鼻と、薄い唇の相性がいい。涼しげな印象の美人顔。ただ、化粧っ気がなく肌の色も青白いし、痩せてもいたので不健康そうにも見える。


 雪女というのはこんな感じなのだろうかと思った。目は大きくて一重まぶた、話す時にまっすぐにオレの目を見るのでドキドキする。いや、オレを見てるというよりはオレのむこうにあるなにかを見てるような、強いような弱いような視線だった。


 いつまでも立ち止まって相手の顔を分析していてもしかたない。とりあえずオレたちはアメヤ横町でも歩くことにした。


 ダミ声のオッサンが「安いよ〜、安いよ〜、めんたい、たらこ、2コで千円安いよ〜!」と閉じた扇子で海産物の並んだ木台を叩いてる。その近くにはバッタもんの時計屋。そして若者向きの靴屋と統一感のない界隈をマイと歩く。


 そんなオレは、ほんの少し勃起をしている。別に彼女と手をつないでいるわけでもないのにだ。オレはジーンズのポケットに手を入れ、うまく12時の方向に向けてやった。よし、これで歩く時につっかえない。


 マイに会って早々、なぜに勃起したかって?


 それにはちゃんとワケがある。

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