ヤンデレ女神様は全知全能

博元 裕央

・女神その名はYNDL

 僕の名はシオン。まだ子供に近い位の若輩だけど、民族の大祭司、の地位を務めています。今日はちょっと、愚痴とも惚気ともつかぬ話をぼやこうと思います。聞いてください。


 前提として、僕たちの民族には民族名というものがありません。何で名前が無いかと言うと、よその人に言うのは恥ずかしい話なんだけど、世界を創造した全知全能の唯一神を崇め使える僕達の民族こそが真にして唯一の人間種族であり、他に人間種族は存在しないから他者と区別する名前は必要ない、よその民族名を持っている民族は全員真の人間ではない人間モドキだ、って事に、宗教教義の建前上なってるから。


 正直、言い訳のしようも無いくらいの選民主義です。大体、その、僕達の民族が特別だという根拠でもあり、全知全能にしてこの世界全てを創造した神様には、れっきとした名前がある。YNDLと書く。母音が無く発音できないから名前が無いも同じで、これは神を騙る他の精霊や悪魔や妖物の類と区別する為の記号なのだ、という事に、先代の大祭司様から受け継いだ経典には書いてあるのですが。


 正直ダブルスタンダードもいいところだと思うんだけど。絶対に正しい唯一神様を崇める経典なのに、うちの経典には結構こういういい加減な突っ込み所が多い。何でだと思って先代大祭司様の書き置きを読んだけど、答えは……


「昔からそうなっている。経典は我ら人の子の書き留めたものだが、全知全能の神がそれに突っ込みをいれずスルーしている以上、我々は修正する必要はないという事だ。何でスルーしてるんですかと質問するのも畏れ多いしな」


 ・・・・・・との事だった。まあ、確かにそうかも?


 ちなみに、なんでこんなシニカルな僕が民族の大祭司なのかというと。


「シオンく~ん♪」

「あっはい女神様!」


 ……それこそその神様にこんな風に甘い声で呼ばれたように、正に神様が好まれたから、というか、神様に惚れられたからに他ならない。大祭司ってのは、要するに【神様が一番気に入った人】の事なんだ。


「何でしょう女神様!」


 ちなみに女神様と言ってるし、今僕には正に美しい女性に見えているが、何しろ全知全能の神様なので、どんな姿にもなれる。歴代大祭司の引き継ぎ書によると、女性の大祭司相手には男性の姿をとる事が多い等、相手が好きになれる容姿と年齢と性別になるらしい。逆に言えば、神様の愛は性別を問わないようです。が、それはともかく、呼ばれた理由は。


「お祈りして♪」

「あっ、はい、もうそんな時間でしたね! すいません!」


 お祈りの時間をうっかりすっぽかしていた事で。我ながら大祭司がこんなんでいいのかと思うような失態だけど、その、何だ、こんな若い僕を大祭司に指名したのは女神様だし、何より、思い悩んで自民族のあり方について思いを馳せたくもなりますよ。


「全知全能なる我らが神よ……」

「今は女神様♪」

「あっはぃ!全知全能なる我らが女神よ、我らを愛し、我らを守り、我らを慈しんで頂く事への幸せに、我ら跪いて拝み、御身の与え給う全てに感謝を……」


 女神様ですよ、ええ。落ち着いて考えてみてくださいよ、全知全能の神様が、こっちの嗜好を全部理解した上で、自分が全力で気に入った相手に対して自分の事を最大限魅力的に思うように誂えた姿になってるんですよ!?


 年頃の少年がそんなんされて悶々としない訳ありますか!? 顔の可愛さからおっぱいの大きさから薄絹な衣装の露出度まで全部が全部ツボすぎますよ!? 名前に母音ぼいんが無いのに凄くおっぱいはボインじゃないですか!?やめてくださいいややっぱりやめないでください女神様!?でもこんなん集中できる訳ないじゃないですか!?


 え?羨ましい?


 まあ、そういう気持ちは分かりますけどね。でも、女神様、その……自分から愛する人を変える事は無いんですけど……実際自分から愛する人を変える事は無いって分かってないといつ寵愛を失うかという不安でおかしくなりそうなくらいだとは思うんでそれはありがたいんですけど……ちょっと過去を回想するとですね……ええと、以下、回想シーンで。


「シオン君が大祭司になった時期の歴史が凄い偉大な時代だったって後世の人に認識されるように、民族の領土を広げてあげる。神罰えーい!」

「わーっ!?近所の異教徒の皆さんの都がーっ!?」


 ある時は異教徒の大都市をプレゼント感覚で灰塵に帰し。



「羊毛いりませんかー? 山羊チーズいりませんかー?」

「まあ、大祭司になっても労働を欠かさないなんて立派なシオンくん。そんなシオンくんの売り物を買わないなんて、ここは天罰を」

「待って待って待って下さい!売れるようにするだけでいいですからー!?」


 ある時は交易しているだけでまたも都市一つを灰塵に帰しそうになり。



「じゃあ売れるようになーれえーい!」

「どうか貴方様のお持ちの羊毛の一本かチーズの一欠片でもお売り下されぇえ!」

「愚かな異教徒として全財産を捧げ奴隷になりまする故どうか! どうか!」

「娘も差し上げまする故売って下されーっ!!」

「やり過ぎです女神様ぁあああああ!?」


 異教徒を洗脳し。



「そ、その、本当に私、羊毛の代金に身を捧げなくてもいいんですか?」

(う、結構かわいい子だ……)

「シオン君? 天罰を当てるはその子? それともシオン君?」

「ごめんなさい女神様一筋ですからぁああ!?」


 そして自分で洗脳しておいて焼き餅を妬いた挙げ句に祟ろうとし。……これに関しては昔本当に浮気した大祭司に怒ってその一族を断ち天災でうちの民族を半減させたというから本気でやばかった……



「私の事好き? 恋してる? 愛してる? 信仰してる?」

「勿論してます、女神様! 大好きです!」

「じゃあ私の為に貴方のお母様を生贄に捧げられる?」

「え」

「……」

「……」

「あっあっ泣かないでいいから!泣きながらナイフを手に取らなくていいから!そのくらいの勢いで私を信仰してくれてるか確かめたかっただけだから!?」


 信仰心を確かめるためで実際させるんじゃないとはいえこんな事言ったり。



「けほけほ、看病してくれてありがとうございます、女神様」

「いいのよいいのよ、はい、乳粥」 

「おいしいです……それにしても、女神様の加護を受けてる僕がなんで風邪ひいて治ってないんでしょうか……」

「……」

「女神様?」

「すいません私がやりました。好きな子の看病とかやってみたくで……」

「女神様ぁ!?」


 恋人をかいがいしく看病したいからってわざと風邪にしたり。



 ……以上回想一旦終わりですが、そんな風に、色々、とても、凄く大変な女神様なんだ。愛が、重い。山くらい重い。かつ、僕達神様を信じる民以外は埃くらい扱いが軽い。そして、愛情表現が物騒極まりない。……大祭司は過酷な人生なんだ。


 まあ、もう1個だけ回想すると……以下回想少しだけ追加。


「マットン、オルテレス、奴に論理破壊哲学攻撃をしかけるぞ!」

「了解、ガイラテス!」

「食らえ!『全知全能の神は自分が持ち上げられない岩を作る事が出来るか』!」

「屁理屈言うな!!!」

「「「グワーッ!!!」」」


 ……異教徒の哲学者三人が並んで突進しながら○ェットストリームアタックしながら放った魔法を問答無用で弾き飛ばしてやっつけたり、本当に頼りになる女神様なんだけど。ちょっと一瞬口調がアレだったけど。


ともあれ、今度こそ回想終わりで。そして回想している間に、祈りも終わったのですが、そこで、僕はふと思い立って、女神様に尋ねてみました。


「女神様は、どうして僕や僕達の事を愛してくれるんですか?どうして、僕達に信仰してほしいんですか?」


 と。その問いに、女神様は答えてくれました。


「んー、何でも知ってて、何でも出来ても。だからといって人を好きになりたいとか人に好きになって欲しいと思う事を、確かに全能だから自分に〈そういうものが無くても大丈夫にする〉事は出来るけど、〈出来る〉と〈やる〉と〈したい〉の間にはものすごい壁と落差があるでしょう?」


 少し嬉しそうで。


「だから私は人を好きになりたいし人に好きになってほしい。好きにさせたいんじゃなくて好きになってほしいから人の心を操ったりしないし、好きな人が欲しいんじゃなくて好きになりたいだから好きになるために一から人を作るんじゃなくて生まれた人の中から好きになりたい人を探す。好きな人の心を知る事も出来るけど貴方の口から聞きたいから見ない。全知全能の神様なのにやってない事があるのは、出来ないからじゃなくてしたくないからなの」


 少し恥ずかしそうで。


「…………ごめんなさいね。ありのままの貴方達が好きだから、私や貴方や貴方達人類を不老不死にはしない。それなのに、こんな事を言って」


 少し悲しそうで、少し情けなさそうで、凄くすまなそうな表情で。



 僕は少しだけこの質問をした事を後悔しました。


 その事実を知ったからじゃない。彼女にそんな悲しい顔をさせてしまったから。



 人と少しずれてるのもその理由からすれば自分を変えるのが嫌だというある意味好みや我儘の領域の話で、その言葉が真実かも分からないし、ひょっとしたら彼女はこの答えを言うのも何度目かで、この言葉とその表情で僕が彼女を許してしまうのも知った上での事かもしれないですけど。



「大丈夫ですよ、女神様」


 ああ、なんだ。


「僕は貴方を、信仰しています」


 僕も彼女の事が、大好きなんじゃないか。



 どうやら歴代の大祭司と同じ様に、僕も大概な狂信者……それも、こうして女神様の力を借りてこの小説の作者を通じて地球の人間にこの恋心を自覚するまでを惚気話として投稿させつつ全知全能の神が信仰を欲し人を愛する理由を語ったり僕の女神様の魅力を主張する程に狂信者になっちゃったらしい。


 そんなわけで、この小説、つまり僕の語りは、これまでです。


 愚痴と惚気話を聞いてくれて有難う。色々思いに整理がついて、ふっきれました。ありがとうございます。それでは、さようなら。この話を読んでくれた君に、女神様の加護のあらん事を。

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