三十五、辞令

 魔法調査チームでの仕事は、結局の所単なる事務だった。雑務と言ってもいいだろう。調査班が現地に行くときの手配や経費の精算、事前準備や事後の整理、それが業務だった。

 健一自身、それ以上の仕事ができるとは思っていなかった。今の魔法の技術では足手まといにしかならないし、現場は状況によってはかなりの危険が予想され、見習いを連れていけるようなところではないし、そんな余裕もなかった。

 しかし、浄化の仕事をしていた頃を思い出すと、修行もさせてくれないのには参った。報告書は必ず読むようにし、魔法がどのように使用されたかは頭に入れるようにしたが、文字を読むだけでは身につく気がしなかった。


 テロリスト等による魔法の不適正な使用の証拠を挙げるための痕跡の調査。それには派手な爆発やきらめく光はなく、石ころひとつを裏返すような魔法と観察力が求められる。遺物には魔法の力の変動が刻み込まれていることが多いが、現場にそう都合よくあるはずがない。ただの地面や草木、建物に残存している力を丹念に拾っていくだけだった。

 そのため、調査が可能な魔法使いはどの国の協会でも不足しており、この仕事は国際協同が当たり前になっていたため、外国語を含むコミュニケーション能力も求められていた。


 そういった報告書を読むと、魔法の人間依存をなんとかしようという気持ちも理解できた。完全に置き換えられなくても、ある程度でいい、人間の負担を減らせれば助けにはなるだろう。

 そちらの方の進展を調べてみると、微生物研究で発見ありとの報告があった。何ら物質を分泌せずに周囲の環境を自分の都合よく変える微生物のうち数種で魔法と思われる力の検出に成功したとのことだった。再確認や追試がまだのようだが、知能を持たないと考えられる微生物で魔法が発見されたらしいというのは、その意味では希望だった。


「そして、MD研究チームにとっては絶望でもある」


 休憩時間、チームの皆との雑談でその話を持ち出すと、ひとりがそう言った。健一の顔に浮かぶ疑問を見て続ける。

「だって、MDが来ても魔法を持たない、つまり霊を持たない生物は生き残れる。そこから新たな進化が始まるかもしれないけど、今度の発見が本当で、微生物レベルでも霊があったとしたら言葉通りの意味での全滅があり得ることになる」

 周りの者は頷いた。仮に例外なくすべての生物が魔法を持ち、霊を持つという単一な存在なら、確かに全滅は明らかだった。多様性の無さは大きな弱点だ。

「死霊術に対する抵抗感は減るだろうな。ま、十分な数の微生物集められればだけど」

 別の者が言うと皆笑った。さらに他の者が受けて返事をする。

「培養タンク置いて増やせばいい。それほど非現実じゃないと思うけどな」

 話はそこからどんどんそれていった。健一は、MD通過後の、すべての生物が死に絶えて静まり返った地球を想像していた。


 時間が出来次第そこら中の報告書を漁った。決まりきった仕事ばかりではなく、今起きていることが知りたかった。

 その中のひとつ、テロリストを分析した報告書によると、活動には波があったが、収まることはなかった。協会が新人を加入させるのと同じように、テログループもメンバーを増やし、訓練を行っている。

 逮捕されたテロリストはテロに身を投じた理由について様々なことを述べた。貧困からの脱出、悪政への抵抗と理想の追求、協会への不信。


「……上で蓋をしている連中が気に入らない。奴らは既得権益を貪っている。あいつらこそMDだ。『金を貪る者(Money Devourer)』だな。自分で努力して手に入れたものでもないのに……」


「……私利私欲でのみ動く独裁者を打ち倒し、我らの理想とする自治を実現するのです。そのための手段が多少乱暴なものであっても仕方がない。急がなければ不当な扱いを受ける人々が増えるばかりだ……」


「……協会は魔法を独占することによって力を示している。一般の企業のように競争相手はいない。例えてみれば一社だけが商品の値段をつけているのだ。それは不愉快だ。複数の勢力が競い合う状態が望ましい。しかし、協会は別の組織の結成を妨害してきた。手段を選ばずに。それに対抗するにはこちらも手段は選べない。いつか我らは表に出て人々に選択肢を与えるつもりだ……」


 それぞれに理屈はあったが、飲み込まれないように注意しなければならない。テロリストの共通点は手段が非合法ということだ。少なくとも協会は非合法な手段は選ばないし、一部がそのような行為に出た場合は何らかの対応と処分が行われる。真っ白ではないが、それは協会ほどの大組織ならすべてそうだろう。

 テロリズムというイズムには共感できない。恐怖をもって自分たちの主張を通そうというのは否定されるべき考え方だ。

 だが、テログループは消滅しない。どこかで誰かが組織に入り、教育訓練を受け、集団を存続させている。そこを絶てないだろうか。


 朝食時、テロ被害の報道を見ながら父に話すと、首を振った。

「難しいな。難しい。ずっと昔から考えられてきたことだが、実現した試しはない。恐怖で主張するってのはそれほど手っ取り早くて魅力的なんだろうな。近道に見えるんだ」

「テロリストって、仮に自分たちの主張が実現したら、後どうするつもりなのかな。テロリストの作った社会って、不満があったら暴れていいんだよね。テロを否定したら自己矛盾するし」

「そこまで考えてないよ。それか、自分たちに対する実力行使は許さないつもりだろ。なんせ自らは正義のつもりなんだから」


 運転しながら、父の言葉が頭の中を跳ね回った。


『自らは正義のつもり』


 それは協会にも言えるんじゃないだろうか。いや、そういう相対化は無駄なだけか。

 いつもの仕事をこなしながら、頭の隅では迷っていた。ここに自分の未来はあるのか。現地に入るまでの航空機や宿泊の手配をしながら、これで給料をもらっていていいのか不思議だった。


「そうか、もっと魔法を使った仕事がしたい、と」

 リーダーと面談し、自分の考えを説明すると、じっと目を見ながら言った。

「そうなるだろうな、と思っていました。と、いうか、そうなってもらわなければ困るところでした。ずっと事務をやらせておくつもりはありません。仕事の流れを覚えてもらうつもりだったのです。事前説明せず申し訳ありませんでしたが、自分からそう言ってほしかった」

 黙って次の言葉を待つ。

「しかし、いきなり海外のテロ調査に出すわけにはいかないのはわかっていると思います。理由は実力不足。だから国内の調査に助手として同行してもらいたいと考えています。遺物に刻まれた古記録の回収を行ってもらいます」

 さらに言葉を続ける。

「業務は調査チームとして行いますが、結果はMD研究チームと共有するので、そっちから指示が来ることもあります。斜め上からだから戸惑うかもしれないけれど、そこは納得してほしい。将来のこともあるから」

「はい。がんばります。ありがとうございます」

「あ、それと、この仕事、日本中を転々とするし、一箇所で数ヶ月から一年くらい過ごすことになる。良ければ辞令を出します。いいですね」

 その場で快諾した。迷いはなかった。

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