十九、清算準備
父も母も、二人が話し終わるまで口を挟まずにじっと聞いた。
「人類全体の幸福、とは大きく出たな」
父がぼそっと言った。
「防衛兵器開発って話は何だったの」
母は首を傾げた。
「どうする? 健一。けりつけるんだろ」
「真っ直ぐに考えたら早く公表したほうがいい、とは思う。関係者が逃げる前に。でも、本当にそれでいいのか分からない」
「そうだな。その相手の勢力が分からないのにこっちだけ動いてもな。かえってもみ消されるかも知れない」
母と香織は腕を組んで聞いている。ここは口を出さないつもりらしい。
「父さん。お願いがあるんだけど」
「分かってるよ。ま、借りをこんなに早く回収するとは思わなかったがな」
「ごめん」
「謝ること無い。考えてみればいい機会だ。協会にはもう少ししっかりしてもらわないと」
しっかりしてもらわないと、という部分は何かの失敗をした者にあきれているような口調だった。
「じゃ、皆はデータを整理して証拠がためを頼む。俺は軍絡みの計画をすすめている勢力について探ってみる。公にされてる事実を一枚めくってみるよ」
その夜からデータの分析を初めたが、特に変わった結果は出てこなかった。現場で香織が言ったように、心を混乱させ、判断力を極度に低下させる呪いだった。また、その影響を与える目標を選定可能になっている。
「射程距離はちょっと正確には……。一から十キロの間。はっきりしなくて悪い」
香織は再計算したが諦めた。健一がモニター越しに言う。
「しょうがないよ。あいつ来るの早かったし。それより、呪いの影響ってそれだけ? 鳥と植物への害は説明できる?」
「そっちはさっぱり。それこそ専門家の助けがいる。ま、環境影響があるなら区が動くから、公表してからだね」
「それは父さん次第だから。勝手に動かないように。特に健一は木島の娘さんにも言わないように」
母が押さなくてもいい念を押し、健一は不満そうに顔を背けた。そこまで愚かじゃない、とでも言うふうだった。
学校では挨拶をする程度で、もう木島と話すことはほとんどなかった。
あれ以来、スマートフォンには時々連絡が来るが、天候のことや友達のうわさ話のようなどうでもいい話ばかりだった。あまりそういうのは好きではないので、三回に一回くらいは返事せずに無視していたらだんだん減ってきて、今では数日に一回程度になっていた。
それならそれでいい、と健一は思っていた。今はそれより重大なことがある。木島さんは関わり合いになるのを避けた。なら、そっとしておこう。
調査から三日目の夜、父が話があるから会社に集まってくれと皆を呼んだ。
「大体つかめた。結論から言うと軍絡みの連中は少数派だった。でも軍の後ろ盾で発言力は強め。ただ最近は思ったより成果が上がらないせいで軍側は手を引きたがってるらしい。そこに環境影響まであるって明らかになったのが今」
母が茶と菓子を出しながら言う。
「ならほっとけば自滅するんじゃない? うちは様子見したら?」
三人は健一のほうを見る。どうする、と目が言っていた。
「それで全部なのかな。まだめくれる皮があるんじゃないかって思うけど」
「俺もそう思うが、健一が言ってみろ」
「鳥と植物への影響が、ほんとに計画外の事故なのかが分からない」
健一は考え続けていた。姉の言葉が繰り返し頭の中に響いていた。
"こればっかりはね。口では教えにくいけど、ひとつコツを言うなら、よく観察して作った者の気持ちになることかな。どんな状況で、どんな魔法を使いたかったのか。それは想定通り実現したのか、それとも力足らずで意図と違う方に発現したのか。それをずっと考えること”
「もし計画外の悪影響ならすぐに分かったはず。でもしばらく方角を変えながら実験を続けてる。ちょっとした騒ぎになってたのに。そこが腑に落ちない」
「つまり?」
父がさらに先を促した。
「あいつら、軍も利用したんじゃないかって。環境影響は事故じゃなく、計画に含まれてる可能性も考えないとって思う」
「それはさすがに無いと思う。まず他の魔法使いが黙ってないでしょう」
母が指摘した。香織も言う。
「兵器開発派が少数なら、そんな勝手はできないはず」
それには答えず、健一は父を見た。
「『魔法市民会』に開発派いる?」
父は頷いてから言う。
「頭絞ったな。健一。じゃ、どうする?」
「遺伝子の調査ができて、魔法の知識もある専門家に調べてほしい。区は汚染物質とかは調べたけど、魔法までは突っ込んでないだろうし、ここらへんだと東京まで行かないとだめかも知れないけど」
「公表はまだだな」
確かめるように言われ、健一は頷いた。
「まだ。それと、協会や政党を相手にするけど、いい?」
「なんで、あたしたちが全部抱え込むの? もう公表しちゃおうよ」
香織が言った。
「いや、考えてみたけど、公表はこっちも傷つく。いつものパターンだよ。初めは皆注目してくれるけど、いつの間にか忘れられて、世間には密告者扱いされる。あそこに関わったらなにもかもばらされるぞって」
冷めた口調で健一が言うと、父と母は頷いたが、香織はまだ納得していないようだった。その顔を見てさらに付け加える。
「正義の味方って映画では格好いいけど、現実は幕が下りた後も続くんだよ。うまく立ち回らないと。公表は選択肢のひとつだけど、今はまだかな」
「じゃ、期限切ろうか」
茶を一口飲んでから父が言った。
「今月はもう半分過ぎた。月末までは我々だけで動いてみる。で、進展なかったら来月頭に公表する。それでどう?」
三人は頷いた。
「よし。これで決まり。それじゃ、清算始めようか」
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