十五、人間性
しかし、時間は止まらないし、変化も止まらない。
恐れられていたことが現実となった。某国で協会が強制的に解散させられ、魔法使いは国家の管理下に置かれると宣言された。一部は国を脱出したが、大半は親族を人質同然に取られたため、やむなく政府の要求に応じた。
魔法使いは自分たちを逮捕しようとした警察や軍への攻撃は行わず、脱出時も防衛手段としてのみ魔法を使用した。
その結果、周辺国の世論が味方につき、協会による脱出者の受け入れにもさほどの反対はなかった。
毎日、その国から帰国を促す動画がネットを通じて流された。子は親に、親は子に会いたいと言わされていた。
世界はこれを非難し、実力行使を避けつつ、様々な圧力をかけることによって事態を解決しようとしていた。
だが、某国は協会を陰から国を操ろうとしている陰謀家集団だと決めつけた。そして、そういう集団がすっかり準備を整えたのが日本であって、いよいよ陰から日向へ出て奸計を実行しようとしているのだと強弁した。
だから、先に抑えておかないと魔法使いによる専制政治が実現してしまうと主張した。我らこそが立憲政治を守る砦なのだと。
そのために多少のことはやむを得ないと、魔法使いの強制収容を正当化した。
各国の駐在員は、国民の大半がそういう政府を支持していると報告した。どうやら昔から続く魔法使いたちへの恐れに端を発する差別感情も混じっているらしい。
一方で、潜在していた魔法使いへの恐れが顕在化したのは日本の協会にも責任の一端があるという意見が、難民を受け入れた周辺国などから出てきた。なぜもっと時間を掛け、丁寧に説明を行いながら段階的に行動できなかったのか。歴史を考えればもっと慎重であるべきだったのではないか。
日本の協会と魔法市民会は某国の行為を非難し、難民への援助を申し出たが、同時に、我々は合法的に市民の権利を行使しているに過ぎないと反論した。大粛清があったからと言って、魔法使いが自主的に政治から身を引いてきたこれまでの方が異常だったのであり、二千年目を機に正常化されるのだと述べた。
世界中が議論している。その間にも程度の差こそあれ、某国のように協会の力を無くすか弱めるかし、魔法使いを国家による直接管理下に置こうという国が他にも現れ始めた。
明確な悪役がいたら良かったかもしれない。そいつをやっつければ済む話だからだ。
しかし、そんな者はいない。
ある日、ある国のある地方で、もつれた糸が掛かる力に耐えきれずに切れた。
谷間に追い詰められた魔法使い集団が、包囲する軍を全滅させて脱出したのだった。生き残った兵士は、山が裏返った、と証言した。
一つ歯止めが外れると、それ以降押しとどめる手立てはなくなり、暴力は激化した。
魔法を攻撃に用いるようになった魔法使いたちは協会から除名されたが、それは逆効果だった。
かれらは地下に潜ってテロリストとなった。対立する勢力への攻撃を行ったり、一部地域を掌握、自治権を要求し始めたりした。
軍や警察と魔法使い、そして魔法使い同士が戦った。エネルギーと物質が相互に変換され続ける戦場は、まさしく地獄だった。
そういった混乱のすべての始まりはどこか。事実かどうかは別として、大半の人々は日本だと考えていた。
必然的に、秋の選挙は世界中の注目を集めた。
「……我々は歴史に学んでいないと指弾する者たちがおります。とんでもない。我々にとって『大粛清』は過去の一エピソードではありません。しかしながら、火傷をしたからと言って火を避け続けてばかりはいられません。二千年目のこの年、市民として義務を果たすべく、わたしは立候補致しました……」
魔法市民会の候補は、前にコンビニエンスストアで見た者だった。あえて魔法使いらしい杖は持たず、マントも着けなかった。あの時のような一般的なスーツで街頭演説を行っている。
世界的な情勢の急変を受け、与党は積極的な協力からは手を引いた。対立候補は立てなかったが、予定されていた有力政治家による応援演説はなくなった。
それでも当選は確実視されていた。注目されているのは票数だった。何パーセント集めるか。東西区の人々は魔法使いの政治への進出をどう判断するのか。
「……今、世界は魔法使いをめぐって大きく動いております。残念ですが、暴力が振るわれています。しかし、それは魔法使いや協会、そして人間の本質ではないとわたしは申し上げたい。わたしは魔法使いである以前に人間です。人の親でもあります。ここで生まれ育った区民です。区のためにお役に立ちたい。政治不干渉などという間違った伝統は捨てました……」
区議会レベルでは、魔法市民会と候補の訴える政策自体に特に変わったところはなく、他の政党や候補と重なるところもあった。評論家たちは、選挙としては争点のはっきりしないつまらないものだと論評した。
蓋を開けてみれば得票率71.5パーセント。協会の暦が採用されて以来、初めて誕生した政治家は圧倒的な支持を得た。魔法市民会はただちに国政選挙に向けての準備を開始した。
一方で世界はどよめき、各国の協会はそれぞれ、政治不干渉について再検討するという意向を発表した。
某国に始まった魔法使いへの圧力はますます強まった。協会を除名された、または、自主的に脱会した魔法使いはそういった圧力に対抗するため、国家の枠を超えた新たな集団を組織した。
かれらは協会より積極的に政治的闘争に関わり、魔法を暴力的に用いた。助け出された魔法使いたちは協会よりかれらを選んだ。
しかし、魔法使いは無敵ではない。食べなければならないし、寝なければならない。弾丸を弾くわけではなく、不意を衝かれれば呪文を唱える余裕はない。戦闘の初期は有利だが、高度な専門的訓練を受けた軍隊に冷静に対処されると状況をひっくり返されることが多かった。
結局、今までと同じく地下に潜ってテロ行為を行うのがもっとも勝ち目がありそうであり、かれらはそうした。魔法使いを中心メンバーとする国際的テロ組織が生まれた。
それに対し、協会は、魔法を暴力として使用することはどのような事情があっても許されないとする主義を貫き通すつもりのようだった。
だから、魔法を使うテロリストを許さなかった。不当な圧力を加えている国家権力より悪質と判断した。テロリストの活動を停止させるためなら、人権を軽視する政府であっても手を貸した。
そこまで事態が進むと、本当に日本の協会が政治不干渉原則を捨てたのがきっかけかどうかがはっきりしなくなった。
すべては起こりうることが起こっただけなのではないか。それが二千年祭の年に表面化しただけなのだと、あまりにつらく、むごい状況を短期間のうちに見てきた人々は考えた。
これこそが人間の真の姿なのだと、片目と片足を失い、毒ガスによって皮膚のただれた少年が粗末な寝台から記者を見上げて苦しげに言う。
健一はその報道を無表情に受け止めた。こんなものを見せられて何を思えばいいのだろう。
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