アト ノ マツリ ノ アト

moes

アト ノ マツリ ノ アト

「昔はよくあったらしいよ。女の子の方が丈夫だから、男の子も女の子として育てるって風習」



 ほんの少し空いた隙間から声がもれ聞こえ、予定外の先客がいたことがわかり、開けかけたドアをそっと止める。

「こんなこと、桂先輩を困らせるだけだし、ずっと内緒にしておこうって思ってたんですけど、本当のこと知って、そうしたら何か、もう言わずにはいられなくって」

 思いつめたような声に宥めるようなやわらかな声がかかる。

「困ることはないよ。付き合うとかは、無理だけどね。気持ちはうれしい。ありがとう」

「つきあうなんて、そんなことっ……あのっ、ありがとうございましたっ」

 赤面しているのが目に浮かぶようなあわてっぷりで、少女はばたばたと非常階段を降りて行く。

 その音が遠ざかったところでドアを開ける。

「おもてになりますね、王子サマ」

 絵本の挿絵に出てくる王子様のような格好をした友人は揶揄に苦笑いを返す。

「おかげさまで、女の子には大人気」

 すらっとした体形に、すずしげな顔立ちのおかげで、王子姿が喜劇にならずに良く似合っている。

「タンサンとブラック、どっちが良い?」

「炭酸。……これも文化祭効果かねぇ。告白が続くこと、続くこと」

 渡したペットボトルのふたを開けて桂はどこかめんどくさそうにぼやく。

「……おれらも三年だし、このあとはさすがに受験に本腰入るから最後だって感覚はあるかもな」

 部活動からも引退し、三年が関わるイベントもほとんどなくなるので、下級生からしたら接触しづらくなるせいもあるだろう。

 手元に残ったコーヒー缶をあおる。

「確かに、ね。でも共学校で立て続けに同性からの本気告白を受けるのも、どうなの?」

「そりゃ、桂が男子よりもオトコマエだからでしょ」

 これは幼なじみの贔屓目でもなく、事実だ。

 見た目は言うことナシ。その上、文武両道で面倒見も良いなんて、少女漫画のヒーローに据えてもいいくらいだ。

 桂自身、自分の外見が良いことは自覚しているので、あっさり頷く。

「うん。そうだね。今まででも軽い告白はいくらでもあったよ。だから逆に今日が異常に際立ったわけ。軽めのはともかく、どう考えても本気告白としか考えられないのが三件」

 中性的な顔にきれいな笑顔をのせてこちらを見つめる。

「文化祭効果にしても、さすがにおかしい。いくら私がかっこよくても、だ。……何か、知ってるよね。総梧くん」

 わざとらしく名前を呼ばれそっと視線を逸らす。

「それは勘ぐりすぎだよ。桂の王子っぷりがあまりにも板についてたからじゃないか? 男のおれもほれぼれする王子様だったよ」

 生徒会役員メインで演られた劇は、いくつかの童話をミックスした得体の知れない話だったけれど、王子の見せ場は多くて女子生徒がきゃーきゃー黄色い歓声をあげていた。

「朝から本気告白に来た三人ともが総梧の部の子なんだよね。極めつけに、さっきの、由加里ちゃんだっけ? 本当のこと知って、とか言ってたけど、その辺に心当たりは?」

 にこにこと一応笑顔をくずしはしないが、だんだん目がまじめなものになってきている。

 折れ時か。

「なんていうかね、結局、桂がかっこいいのが根本的な原因なんだよ」

「ここまで来て、言い訳はいいから」

 呆れたように桂は続きを促す。

「言い訳じゃなくってさぁ。……なんか、桂がかっこいいって話になったんだよね。で、昔からかっこよかったんですか? とか後輩たちが目をきらきらさせて聞くわけよ」

 そうそう。文化祭準備で居残ってるときだ。

 桂が王子役をやるって話から盛り上がったんだった。

「だから、幼なじみとしては余すことなくかっこよかったことを伝えるじゃないか」

 かわいい後輩には喜んで欲しいしさ? サービスをね。

「ふぅん? で?」

 目が怖いよ、桂さん。

「で、桂先輩ったら女にしておくの勿体ない。男だったら良かったのにって、いうからさ」

 後輩の声まねをしてかわいらしく言ってみたが、視線は冷やかになるばかりだ。

「桂は実は男だからねーって。身体の弱い男の子を女の子として育てると丈夫に育つって風習があって、桂はそれで女の子として育てられたからって。……普通、信じるなんて思わないだろ。漫画じゃなんだから」

 ホントに信じるとは思わなかった。冗談のつもりだったし。

 ただ、話終わったあとに、本気にしたことには気がついても、あえて否定はしなかったけど。

「ろくなことしないな、総梧は!」

「だから、桂がかっこいいから信憑性が増しちゃったんだろ」

 おれのせいだけど、おれだけのせいでもない。たぶん。

「どうせ、総梧のことだから、面白がってそれらしく脚色して、巧みに信じ込ませたんでしょ。だいたい、それ、総梧のことじゃないか」

 苦く呟く桂に軽く笑って返す。

「実体験込みだとやっぱりリアリティが出るよね、話に」

 身体の弱い子どもだった上、古いしきたりを重んじる家柄なのもあって、家では五歳くらいまでは女の子の格好をさせられていた。

 そのころは桂も普通に女の子らしい格好をしていて、かっこいいというよりは、普通にかわいい感じだった。

 それがいつからか髪を短くして、スカートとは縁遠い格好ばかりになり、女の子にもてるようになった。

「やっぱり面白がってたんじゃないか」

 桂は諦めたように深々とため息をつく。

「なんていうか複雑なオトコゴコロなんだけどねー」

 いろいろ思うところもあるわけだ。

 ずっとそばにいる分だけ。

「なにそれ」

「無駄にかっこいい幼なじみがいるとやるせないというか、立つ瀬がないというか」

 別に同性なら問題なかった。

「総梧だってもてるじゃないか。正しく。異性に」

 桂ほどじゃないけどな。そして、それは全く関係ない。

「あっ! 桂いたー」

 唐突に割り込んできた声に下を覗き込む。

「なにー?」

 こちらを見上げているクラスメイトに桂はひらひらと手を振る。

「写真撮るぞーって、探してたよ。会長が」

 その言葉に桂は顔を顰める。

「うわぁ。ホンキだったのか。あの人、私の写真で打ち上げ代稼ぐとか豪語してたからなぁ。わかった。アリガト、戻るよ……じゃ、総梧。きちんと誤解はといといてよね」

 マントを翻し、階段を降りていこうとする桂の手を捕まえる。

「?」

 しまった。つい反射的に。

 まぁでも、ここまできたらいっておくか。

「王子サマ、後夜祭で一緒におどっていただけませんか?」

 ダメもとで。

 その時は、笑い話にできるように殊更かるく言う。

 怪訝そうな顔が一瞬、あかくなったように見えた。

 が、願望なだけで、気のせいだったかもしれない。

 すぐにいつものオトコマエな笑顔をこちらに向ける。

「可愛いお姫様になってきたらね」

 返答につまっていると、桂は螺旋階段を軽やかに降りていった。

 ……女装して出直せってことか?

 本当にやったら、どんな顔をするのか。

 下を見ると、クラスメイトと並んで歩く後姿。

「責任は取ってもらおうかな」

 その時、笑うか、呆れるか、それとも……?

 


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