金色の妖精
木牌子
金色の妖精
むわっとした甘ったるい匂い。
秋はこれだから嫌だ。どこもかしこも金木犀の匂いに包まれているし、街中ですらまた金木犀の香水だかエッセンシャルオイルだかの匂いがして目眩がする。「金木犀の匂い」なんてトレンドも毎年のこと。都会という土地の中で金木犀という植物に自然を求めてるのか?首を傾げながら暗くなってしまった帰り道を息を詰めながら足早に歩く。
甘ったるい匂いが一瞬、強くなった気がした。金木犀の小さな花が頬を掠める。また台風が近づいて風が強くなったようだ。ああ嫌だ。
翌日は予報通り台風がやってきた。それでも学校は休みにならないので傘を盾にして今日も暗い道を急いで帰る。
大きな雷の音にビクリと肩を縮こまらせたと同時に、嫌な匂いがまた強くなる。今度は一瞬じゃなくて確かに。傘を前に傾けて空いた背中にこつん、と小さな誰かの額が当たった。
恐る恐る振り返ると、後ろにいたのは虚ろな目をした金色の髪の少女だった。私より15センチ程低い背丈の身体は今にも倒れそうにふらふらとしていて──
倒れかけた彼女を思わず受け止めて傘に入れると金木犀の甘ったるい匂いが立ち込めた。今度は金木犀のシャンプー?巷には金木犀が溢れすぎている。
「大丈夫?」
返事はない。
「家まで送ろうか?家はどこ?」
弱々しく、ゆっくりと、彼女が指を指したのは木々の生い茂る、家なんてない方向だった。
仕方ない。傘を畳んで彼女を背中に背負うことにした。どうせ雨は防ぎきれてなかったのだから今さら濡れても変わらない。家に向かって全力で走り出した。
両親は仕事で家におらず、帰らない日もままある。今日もそうだった。タオルで彼女と自分のずぶ濡れになった身体を拭き、風呂へ連れていく。出来るだけ目を逸らしながらシャワーを浴びせる。(彼女は思ったより胸があったので中学生くらいかな、と思った)
ベッドに寝かせて布団をかける。衰弱した表情で苦しそうに眠っていた彼女はとても美しかった。真っ白な滑らかな肌。小さな鼻に上気した紅い頬。金色の髪の一本一本が上質な糸のよう。触れると壊れてしまいそうなのに触れてしまいたくなる。
彼女の額にかかる髪の毛をそっと上げる。ぎょっとした。ひどい傷。何かに引っ掻かれた?母親にこれさえ塗っておけば、と言われた薬を塗って見守る。どうかこの美しい彼女が目を覚ましますように。
朝。今日は土曜日なので学校は休みだ。彼女の眠る部屋を覗くと既に起き出して窓の向こうを柔らかい微笑みを浮かべて眺めていた。金木犀の匂いが立ち込める。それでもやっぱり彼女は美しかった。
「気分はどう?」
はっと驚いた顔を一瞬、彼女はこちらを見て申し訳なさそうな顔をした。
「昨日はありがとうございます。この薬も。大分良くなりました。」
「家には帰れそう?」
こくり、小さく頷いた。
送ろうか、と聞こうとしたけれど、彼女の瞳を見たら何故か言葉が内に留められてしまった。
「ありがとうございました。」
美しい少女はその香りだけを残して、どこかへ帰って行った。
私はその後、彼女を見かけることはなかったけれど、嫌いだった金木犀の甘ったるい香りが、少しだけ、ほんの少しだけ、好きになった。
金色の妖精 木牌子 @wooden_doll
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