第十章 自慢の社員たち

逮捕

「皆さんのおかげで、今月はずいぶん売上が伸びました」


 軽やかな声が事務所内に響く。


「でも」


 書類がパサリとテーブルに落ちた。


「経費を使い過ぎています!」


 鋭い視線が六人を貫く。


「特に社長!」

「俺!?」


 栗色の髪が大きく揺れた。


「そうです! 何ですか、この大量の手土産代って!」

「いや、それは……」

「依頼はどんどん増えています。それなのに、料金は創業以来の良心価格のまま。受けられる仕事の量が限られている以上、経費を抑えなければ利益は出ないんですよ!」

「そうだよね……」

「そうなんです!」


 茶色の瞳がマークを睨む。


「古くからのお客様を大切にするのもいいですけど、依頼を断る度に手土産なんか持って行ってたら、お金がいくらあっても足りないじゃないですか!」

「そうだよね……」

「そうなんです!」


 バンッ!


 テーブルが激しく叩かれた。


「皆さんもいいですか? うちの会社に余裕はありません。なるべく経費は抑えるように努力をしてください!」


 厳しい声が響き渡る中で、こっそりつぶやく声がする。


「嫁にするなら、リリアが一番だって思ってたんだけどなぁ」

「ヒューリさん!」

「はいっ!」

「何か言いましたか?」

「何でもないです!」


 背筋を硬直させて、ヒューリが答えた。


 リリアは、マークから事務作業のほとんどを任されていた。最初は苦労をしていたリリアも、今ではお金の管理を含めて、エム商会の総務と経理を取り仕切るまでになっている。


「でもリリア。これは……いいよね?」


 ミアが、何枚かの領収書をリリアに見せた。

 リリアの眉が、ピクリと跳ねる。

 それは、中庭の小屋の増設費用。石鹸類の材料費も入っている。


「それは……いいと思います」

「リリア大好き!」


 ミアがリリアに抱き付いた。

 頬ずりをされながら、リリアが言う。


「私からは、以上です」


 ふぅ……


 あちこちから息を吐き出す音がした。


「じゃあ最後に、俺から」


 その声で、リリアは膝に手を置いて、社長席に座るマークを見る。

 ミアも、きちんと座り直してマークを見た。


「ファルマン商事から、商隊護衛の話が来ている。カサールからの荷物の護衛で、国境からこのアルミナまでの道中をお願いしたいとのことだ」

「片道だけっていうことですか?」

「そうだ。それも、国境からアルミナまでの護衛だ」

「何だか中途半端ですね」

「まあね」


 ヒューリに答えながら、マークが説明を続ける。


「積み荷は、イルカナ王家への献上品。だからだと思うが、今までにない条件が付いている」

「条件?」

「ミナセ、ヒューリ、フェリシア。この三人全員に担当してほしいとのことだ」

「……」


 みんなが首を傾げた。

 そんな条件は、ファルマン商事を含めてどの客からも言われたことがない。


「いつも通り、傭兵団の護衛に我々が加わるということでいいんですよね?」

「そうだ」


 ミナセの問いに、マークが答えた。

 エム商会は、商隊の護衛を単独で受けることをしない。あくまで既存の護衛に加わる形を取っている。

 いくらミナセたちが強いからと言って、一人では不測の事態に対応できないこともあるからだ。依頼主にすれば護衛の経費が増えることになるが、マークはこの条件を決して譲らなかった。

 結果、傭兵団や冒険者たちからエム商会が恨まれるようなことにはなっていない。仕事を奪われることもなく、かつエム商会が同行すれば、道中の安全性が一気に高まるからだ。

 エム商会の評判がいいのは、マークのこんな方針も影響していた。


 釈然としていないみんなを代表して、フェリシアが聞く。


「自分で言うのもなんですけど、私たち三人を付けるなんて、その、ちょっと無駄だと思うのですが」


 山賊の類であれば、たとえ相手が何人いようとも、三人のうちの誰か一人がいれば対処できる。

 索敵魔法の使えないミナセやヒューリでも、その鋭い感覚で敵を察知して不意打ちを受けることなど一度もなかったし、まともにぶつかりあえば、常に敵を圧倒してきた。フェリシアであれば、敵を近付けさせることすらしない。

 魔物の大群にでも出くわせば危ない状況になるかもしれないが、イルカナ国内は魔物の掃討が定期的に行われていて、その危険性も少ない。気を付けるとすれば、まさに国境付近だけ。


 それなのに、なぜ?


 みんなの注目を浴びて、マークが腕組みをする。そして、珍しくはっきりとしない口調で話し始めた。


「今回の依頼には、何かが隠されているような気がする。ファルマン商事の社長が、少し困っているような顔をしていた」


 マークの顔も晴れない。


「本来なら、断ってもいい仕事だと思う。三人のスケジュールを合わせるのも大変だし、何より、三人を危険にさらすようなことだけは避けたいからな」


 三人を順番にマークが見る。

 そして腕組みを解き、少し強い口調で言った。


「だが、お世話になっているファルマン商事からのたっての依頼だ。曖昧な理由で断る訳にもいかない。だから、この仕事受けることにした」


 三人は、互いを見やった後、マークを見てしっかりと頷く。


「近いうちに事前の打ち合わせがある。悪いがミナセ、それに同席してくれ」

「分かりました」


 微笑みながら、ミナセが返事をした。


「悪いな」


 マークも微笑みを返す。

 微笑みを返して、だがマークは、なぜか眉間にしわを寄せた。


 直後。


 跳ねるようにミナセとヒューリが立ち上がり、剣を取って玄関扉の前でそれを構える。

 その動きに反応したフェリシアが、マークの後ろの窓に駆け寄って外の様子を確認する。

 リリアとシンシアが、やや遅れてマークをかばうように社長席の前に立つ。

 同じくやや遅れて、ミアがフェリシアの横で集中を始めた。


 まるで事前に申し合わせていたかのような六人の動き。

 その六人が、呼吸を合わせるように息を吐き出した、その時。


 ドガッ!


 玄関の扉が蹴破られ、男たちがなだれ込んできた。


「衛兵だ! おとなしくしろ!」


 先頭で飛び込んできた男が大声で怒鳴る。

 ところが。


「うっ!」


 それ以上何も言わずに、衛兵は動きを止めてしまった。


「何やってるんだ! うっ!」


 後ろからやってきた衛兵も、同じく動きを止める。

 その二人を見て、後続の男たちも止まった。

 そこに、静かな声が響く。


「ミナセ、ヒューリ。剣を収めろ」


 言われた二人は、男たちの鼻先わずか一ミリにあった剣先を、その顔のラインに沿ってゆっくり動かしたのち、ゆっくりと、剣を引いた。


「かはぁっ!」


 呼吸すら忘れていた男たちが、貪るように空気を吸っている。


 少しでも動けば殺される


 そう直感させるほどの自分と剣の距離。

 その持ち主たちの殺気。

 二人の衛兵は、全身にびっしょりと汗をかいていた。


 剣を収めたとは言え、二人は殺気を収めていない。

 無表情なミナセ。明らかに怒っているヒューリ。二人とも、許可さえ下りれば即座に自分たちの首を刎ねに動く。

 そんな恐怖で金縛りにあっている衛兵たちを押しのけて、一人の男が前に出てきた。


「エム商会のマーク! 貴様が違法に麻薬を所持しているという情報がある!」


 大きな階級章を付けているところを見ると、隊長格のようだ。部下を叱咤するように、唾を飛ばしながら怒鳴っている。


「今から家宅捜索を始める。全員そこから動くな!」


 令状を見せながら、左右の部下を睨み付けた。

 弾かれたように、部下たちが動き出す。事務所の中や隣の部屋を、衛兵たちが漁り始めた。


「ふざけんな!」

「ヒューリ!」


 マークの大きな声がした。一歩踏み出したヒューリが、そのままの姿勢で動きを止める。

 呆然と、あるいは悔しそうに立ち尽くす社員たちの目の前で、衛兵たちは家宅捜索を続けた。

 やがて。


「ありました!」


 隣の部屋から戻ってきた衛兵が、紙に包まれた小さな何かを掲げている。隊長がそれを受け取って、包みを開いた。

 中身は、白い粉。

 隊長が、それを小指ですくって舌先で舐める。


「間違いない、麻薬だ」


 隊長が、にやりと笑った。


「エム商会のマーク、麻薬所持の容疑で逮捕する!」


 勝ち誇ったように宣告した。


 次の瞬間、ヒューリの殺気が再び膨れ上がっていく。

 フェリシアの魔力が、窓ガラスを震わせるほどに高まっていく。

 リリアとシンシアの目が鋭く光り、ミアの毛が逆立つように揺らめく。

 魔石のランプが、強烈な魔力の干渉で明滅を繰り返していた。


 七人を中心に空気が膨張していく。目に見えない、だが体にはっきり感じるほどの強大な圧力に、さすがの隊長も後ずさった。


「き、貴様等! な、何をする気だ!?」


 強気に叫ぶが、その声は掠れている。

 部下の一人が、腰を抜かしてヘタりこんだ。


 目の前にいるのは美しい女たち。その女たちに、自分たちは殺される。

 間違いなく、確実に殺される。


 数多の現場経験を持つ強者たちが、一様にそう思った。


 手を出してはいけないものに、手を出してしまった


 そんなことを、全員が思っていた。


「わ、我々は衛兵だぞ!」


 隊長の声は完全に裏返っている。


「お、俺たちに手を出すことは、こ、国家への……」


 言いながら、さらに一歩後ろに下がる。

 その時マークが、静かに立ち上がった。


「ひっ!」


 それだけで隊長が悲鳴を上げる。

 深く、神秘的な漆黒の瞳。それが隊長を見つめている。

 それを気丈にも睨み返して、隊長が言った。


「お、おとなしく署まで来い!」


 それに、マークが答えた。


「分かりました」

「社長!?」


 フェリシアが声を上げる。

 リリアもヒューリもシンシアもミアも、驚いたようにマークに顔を向けた。


 続けてマークが言う。


「ミナセ、後は頼む」

「分かりました」

「ちょっとミナセ!」


 即答するミナセを、またもや驚いたようにみんなが見た。


「では、行きましょうか」


 平然と歩き出すマークを、衛兵たちも呆然と見つめる。

 自分で玄関から出て行くマークを、衛兵たちが慌てて追い掛けていった。

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