仕組まれた善意

 フェリシアが調査を開始してから数日後。


「メイドたちの会話や出入りの商人の話、故郷の人たちの証言から分かったことですが」


 フェリシアが、マークに報告をしている。


「四人のメイドのうち、メイド長を除いた三人は、借金や身代金を伯爵に肩代わりしてもらうかわりに、屋敷で働いていました」


 フェリシアの報告では、三人とも、この国の東側の地域の出身だった。

 うち二人は、両親の借金を伯爵に肩代わりしてもらうかわりに屋敷で働いていた。

 残りの一人は、本人が誘拐された時の身代金を伯爵に支払ってもらったことが、屋敷に来たきっかけだったようだ。


 いずれの場合も、困っていることを”たまたま”知った伯爵が、好意で金を支払い、人手が足りないからと言って彼女たちを屋敷で雇っている。

 両親も本人も、伯爵に心から感謝をし、喜んでこの町にやって来ていた。

 そのはずだった。


「ですが、不自然なことが多過ぎます」


 借金に苦しんでいた二つの家族は、いずれも悪質な手口で無理矢理借金をさせられ、強引な取り立てが始まった頃に、旅の商人を名乗る男から声を掛けられている。

 男を通じて伯爵に助けを求め、即座に借金問題は解決した。

 そして娘は、伯爵に呼ばれていった。


 娘を誘拐された一家の場合は、とても払うことなどできない身代金に呆然としていたところへ、旅の商人がやってきた。

 男を通じて伯爵に助けを求め、やはり即座に身代金が支払われている。

 そして娘は、アルミナの町にやってきた。


「仕組まれたってことか?」

「おそらく」


 マークが眉間にしわを寄せる。


 以前の侵入でフェリシアが聞いた、メイドたちの会話。


 三人が三人とも、似たような経緯で屋敷に呼ばれている。

 三人が三人とも、屋敷に来て早々、伯爵の夜伽を命じられている。

 そして前任のメイドたちは、全員が病気で屋敷を去っている。

 

 何かおかしいのではないか


 三人がひっそり交わしていた会話をフェリシアが聞いた。

 その真相を探るために、調査を行っていたのだ。


「一人のメイドが勤めている期間は、長くて三年。前任者が病気になる時期と、借金の取り立てや誘拐が起きる時期は、ほとんど同じです」

「病気まで仕組まれているっていうのか?」

「メイド長の部屋に、ヴェルミの葉がありました」

「ヴェルミの葉?」

「はい。乾燥させてすり潰したものをお茶などに混ぜて、ある程度の期間飲ませると、相手は体を壊します」

「それは……」

「内部に協力者がいる場合に使われる暗殺方法の一つです。病死として処理させたい場合に有効です」


 マークが目を見開く。


「辞めていったメイドたちのその後は、何か分かったか?」

「申し訳ありません。一人だけしか分かっていません」

「その一人は?」

「故郷の村で亡くなっています」


 腕を組んで、マークが黙り込む。

 そこにいる全員が、一言も言葉を発しなかった。


「それともう一つ、関連しているかもしれない情報があります」


 フェリシアが続ける。


「今回の件には、この国の東側を中心に活動している、ならず者の集団が関わっている可能性があります」

「ならず者の集団?」

「はい。集団の名前は”アウァールス”。非合法な商売を広く手掛けているようです。盗賊団や山賊と違って、表立った強奪や略奪を行わない分、やっかいな相手と言えるかもしれません」

「それはどこからの情報だ?」

「コクト興業の社長です」


 フェリシアは、ミナセと一緒に、伯爵との関係が深かったコクト興業の社長を訪ねていた。ミナセを見て全身をこわばらせる社長に、遠慮なく質問をぶつけている。

 社長によると、伯爵の屋敷で、何度かアウァールスとの”つなぎ役”の男を見たことがあるとのことだった。その男が現れると、決まってメイドの入れ替わりがあったらしい。


「そいつらの本拠地は分かるのか?」

「それが、とても用心深い連中らしくて、コクト興業の社長も知りませんでした。嘘をついているようには見えなかったので、本当に知らなかったんだと思います」


 エム商会に楯突く気などまったくないコクト興業の社長は、フェリシアの質問にとても素直に答えたようだ。


「そのことですが」


 フェリシアの話に、ミナセが割って入った。


「今日の仕事で一緒だった冒険者たちが、気になることを言っていました」

「気になること?」

「はい。冒険者ギルドに、アウァールスの討伐依頼が出ているようなんです」

「討伐依頼が?」

「そうです。ちょうどコクト興業でその名前を聞いたばかりだったので、驚きました」

「具体的な内容は分かりますか?」

「いえ、その冒険者たちも詳しくは知らないようでしたが、ギルドではちょっとした話題になっているようです」

「そうなんですか?」

「何でも、ランクAのもと冒険者がその集団にいるとかで、依頼を受けられるパーティーはかなり限られるだろうという話でした」


 冒険者の最低ランクはEだ。そこから実績を積み上げてランクを上げていく。

 ランクCになると一人前と認められ、受けられる依頼の幅が格段に増える。

 ランクBともなると、冒険者の中核的存在として、高度な依頼や大規模な任務をこなすことができる。

 さらにその上、ランクAやランクSの冒険者は圧倒的に数が少なく、ギルドはもちろん、国からも優遇されることが多い。

 剣士であれ魔術師であれ、ランクAは、達人と呼ばれるレベルにあると言える。


「詳しい依頼内容を知りたい場合は、冒険者としてギルドに登録をして、正式に問い合わせる必要があるとのことでした」


 そう言って、ミナセは報告を締めくくった。


 マークが、いすに背を預けて考える。

 だいぶ長いこと考えていたマークが、おもむろに話し出した。


「ギルドに出ている依頼内容を詳しく知る必要があるな。それと、フェリシア。カーラさんの実家は分かるのか?」

「はい」

「そうか。じゃあ、まずはそっちを何とかしよう。急がないといけないんだろ?」

「そうですね。そう思います」


 フェリシアは、そう答えた後わずかに微笑んだ。

 重たい空気が部屋を支配する中で、その表情は、なぜか嬉しそうだった。

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