探していたもの

 突然駆け出したミアを、社員たちが目で追う。


「トイレか?」


 みんなが不思議に思う中、ミアの向かったのは……。


「院長先生!」


 ミアは、食堂の片隅に立っていた院長のもとに駆け寄っていった。


「何ですか?」


 さすがの院長も驚いている。

 ミアは、院長の前に立ち、少し前のめりになりながら話し始めた。


「あの……私、本当に迷惑を掛けてばっかりで、十六になってもまだここにお世話になってて、それで、あの……」


 思いばかりが先走って、きちんとした言葉になっていない。

 それでも、ミアは言わなきゃダメだと思った。


 あの作戦を終えてからずっと考えていたこと。

 私が決めたこと。

 それを、今ここで言わなきゃダメだと思った。


「私、エム商会の面接に受かっても落ちても、ここを出ます! ここを出て、一人前の人間になれるように頑張ります! だから、その……ありがとうございました!」


 ミアが思い切り頭を下げた。十六年間の思いのすべてをその一礼に込めた。

 ブロンドの髪がサラサラと揺れる。子供たちまでもが、声を上げることなくその姿を見つめている。


 ごく短い、しかしとても静かな時間が流れた。


「ミア」

「はい!」


 返事と同時に顔を上げたミアは、そこで目を大きく開いて、固まった。


「あなたが今までここにいられたのは、例外中の例外です。今後も、あなたのような事例を簡単に認める訳にはいきません」


 院長が、相変わらず堅苦しいことを言っている。

 だが、ミアの頭にはその言葉があまり入ってこなかった。


「ただ」


 院長の声が、和らいだ。


「この教会を救ってくれたのは、あなたです。あなたには心から感謝しています」


 そう言うと、院長は、ミアの頬にそっと手を触れた。


「あなたは、本当にいい子ですね」


 院長は、笑っていた。

 初めて見る院長の笑顔。


 ずっと苦手だった。

 話し掛けるだけで、いっつも緊張した。

 だけど。


 その笑顔は、びっくりするくらい優しくて、びっくりするくらい素敵だった。


「院長先生……」


 院長の手が暖かい。

 ミアが、その手に自分の手を重ねる。


 嬉しかった。

 何だか分からないけど嬉しかった。


 ミアの頬を涙が伝う。

 院長が、それを指で拭ってミアに言った。


「さあ、社長さんが待っていますよ。いってらっしゃい」

「はい!」


 ミアが笑う。

 残りの涙をゴシゴシと袖で拭って笑った。


 その場で深呼吸したミアが、クルリと向きを変えて歩き出す。背筋をピンと伸ばし、腕を振って力強く歩く。

 そしてミアは、マークの前までやってきた。


 マークがミアを見つめる。

 ミアもマークを見つめる。


「準備はいいですか?」

「大丈夫です」


 その場にいる全員が固唾を飲んで見守っている。

 ピリピリした緊張感が会場を包んだ。


「では、面接を始めます」

「よろしくお願いします!」


 大きく返事をして、ミアが表情を引き締める。

 ミアの喉が、ゴクリと鳴った。


「質問です。あなたは、うちの会社に入りたいですか?」

「はい、入りたいです!」

「どうしても?」

「はい! 絶対絶対入りたいです!」


 マークがミアを見つめる。

 ミアもマークを見つめる。


 やがて。


「いいでしょう。合格です」


 ……………………えっ?


 そこにいる全員が、口をポカンと開けた。


「……あの、もう一度、おっしゃっていただけますか?」

「いいですよ。ミア、あなたは合格しました」

「……もう一度……」

「合格です」

「えへ、えへへへ」


 ミアが、壊れた。


「社長、もう一回」

「ミア、あなたは合格です」

「えへへへ、うふふ……。もう一回お願いします」

「ミアは合格!」

「合格ですか?」

「そう。合格だ」

「合格……合格……。えへ、えへへへ」


 謎のやり取りを眺めながら、社員たちが話している。


「あれは、漫才か何かなのか?」

「何言ってるんですか! 私、感動しました!」

「マジで!?」

「私も、感動した」

「お前もか!」

「うふふ。うちの会社らしくていいじゃない」

「らしいって、どういう……」

「ま、これが社長なのさ」



「ヤッター! ばんざーい!」


 ようやくまともな反応を示し出したミアに、ミナセが声を掛ける。


「ミア、良かったな。これからよろしく」

「はい、よろしくお願いします! 社長、ありがとうございました!」」


 周囲にも、やっと合格の実感が湧いてきたようだ。


「ミア、おめでとう」

「ミア姉ちゃん、おめでとう!」


 ミアのもとに次々と人がやってくる。

 その中の一人、フローラが、嬉しそうにミアに言った。


「探していた答え、見付かったみたいね」


 十五才を過ぎても孤児院に居座り続けた。

 何かを探し、答えを探して悶々としていた。

 そんなミアを、フローラは、じれったい思いでずっと見てきた。


 だけど、やっと……


 ミアの手を握り涙ぐむフローラに、だが、ミアは予想外のことを言った。


「えっ? 答えなんて見付かってないよ」

「そうなの?」


 フローラが驚く。


「だって、念願のエム商会に入れたじゃない」


 訳が分からないという顔のフローラに背を向けて、ミアは、マークと五人の社員たちを順番に見る。

 そして、爽やかに答えた。


「私が見付けたのは、答えの探し方。答えはね、行動しないと見付からないってことが分かったの。私、何でも屋さんになって何でもやる。いろんなことをやりながら、答えを探していくわ。一生答えなんて見付からないかもしれないけど、それでもいい」


 振り返って、ミアが再びフローラを見た。

 そして、屈託のない笑顔で言った。


「だって、答えを探してる時の方が楽しそうなんだもん!」


 ミアの答えにフローラは呆れている。

 ヒューリとフェリシアは面白がっている。

 リリアとシンシアはニコニコしている。

 ミナセは穏やかに微笑んでいる。

 そしてマークは、とても優しい眼差しでミアを見つめていた。



 エム商会六人目の社員、ブロンドのミア。

 大きな試練を乗り越えて、入社。



 第六章 了

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