索敵範囲

 次の日マークは、カイルとアランに、森の奥を調査したいと申し出た。

 ミナセとヒューリの同行はもちろんだが、なぜかフェリシアまでが同行を願い出ている。

 魔物が大量にいた森の調査。危険この上ない話ではあったが、カイルはあっさり了承してくれた。


「今日一日は兵士たちを休めるつもりだったし、いいんじゃないか」

「その三人が一緒なら、何があっても大丈夫でしょうし」


 隣のアランは苦笑い。

 そんな二人に礼を言い、暗くなるまでには帰ると約束をして、四人は森の奥へと入っていった。



 歩き出してからしばらくして、フェリシアが、ミナセとヒューリに礼を言った。


「昨日は、ありがとう」


 何だか照れくさそうな、ちょっと可愛らしい表情だ。


「こちらこそ」


 ミナセが微笑む。


「ぶっ倒れるまで全力で戦うなんて、私はお前を尊敬するよ」


 ヒューリもにこやかに返事をした。


「そんな。だって、仕事だもの」


 自分の命よりも結果が優先。

 そんな風に育てられたフェリシアにとって、ヒューリの言葉は意外だった。


 だけど、少し嬉しい


 フェリシアは前を向いて歩く。

 その足取りは、とても軽かった。


「社長さん。この先しばらくは何も反応がありません。安心して進んでください」


 フェリシアが索敵結果をマークに伝える。


「ありがとうございます。助かります」


 マークが笑って言った。

 そのやり取りを見ていたヒューリが、小さな声でミナセに話し掛ける。


「ミナセ、聞いたか?」

「何を?」

「フェリシアがさぁ」

「フェリシアが?」

「社長に、敬語使ってる」

「……たしかにな」


 フェリシアは、昨日までマークと普通に話していたはずだ。

 何となく、フェリシアの雰囲気も昨日までとは違うように感じる。


「もしかして、昨日の夜社長と……」


 ボカッ!


「いてっ!」


 ヒューリが頭を押さえた。


「冗談だよ、冗談! そんな目で見ないでくれ!」


 ヒューリは後悔した。

 ミナセが、本気で怖い。


「と、ところでフェリシア!」


 不自然なほど大きな声を上げ、ミナセの視線から逃れるように、ヒューリがフェリシアに寄っていく。


「フェリシアの索敵範囲って、どれくらいあるんだ? お前のことだから、百五十メートルとか……」

「三百メートルよ」


 答えを聞いて、ヒューリが一瞬ポカンとした。


「……ごめん、もう一回言って」

「だから、三百メートルよ」

「それって、直径?」

「違うわ。索敵範囲って言ったら、半径でしょ」

「半径三百メートル……三百メートル!?」


 目をまん丸くしてヒューリが驚く。


「それって、やっぱり凄いのか?」


 機嫌を直したミナセが、ヒューリに聞いた。


「凄いとか、そういうレベルじゃないよ!」


 ヒューリが興奮気味に答えた。


「普通、偵察兵の魔法による索敵範囲は五十メートル、優秀な兵士で百メートルだ。だから、魔法と目視を併せて偵察を行う。だけど、実際には敵の索敵範囲に入らないようにする必要があるから、索敵魔法はあまり役に立たない場合が多い」

「そうなのか?」

「戦場においてはそうだ。ただし、索敵魔法の使い手が、同時に隠密魔法を使える場合は別だ。索敵魔法に引っ掛からないように偵察ができるから、状況によっては、敵にかなり接近して正確な情報を得ることができる」

「なるほど」

「相手が魔物なら索敵魔法は役に立つことが多いけど、相手が軍隊だと、運用に注意が必要ってことだ」

「そういうことか」


 ヒューリの淀みない説明に、ミナセがちょっと驚きながら頷いた。


「でもフェリシアなら、敵の索敵範囲外から偵察ができるし、敵の偵察兵が近付いてくることも察知できることになる」

「それは凄いな」

「フェリシアは、隠密魔法も使えるんだろう?」

「そうね」

「それならさらに有利だ。隠密魔法は、索敵魔法の魔力を打ち消すことで反応を無くす魔法だ。索敵側の魔力が強ければ、隠密魔法の効果が弱まる。隠密側の魔力が強ければ、隠密魔法の効果が高まる。フェリシアくらいの魔力があれば、滅多なことでは索敵に引っ掛からないだろうから、相当敵に接近することができるし、優秀な偵察兵が来ようとも、それを先に見付けることができる訳だ」


 日頃のヒューリからはちょっと想像できないくらい、しっかりとした説明だ。

 さすが将軍の子といったところか。


「索敵範囲が三百メートルってことは、中隊程度の規模の軍勢を十分確認できる。クラン軍は、地形を利用した奇襲を得意としていた。もしフェリシアがいれば、敵の正確な位置や配置が分かるから、奇襲の成功率は劇的に上がったはずだ」


 ヒューリの声が熱を帯びてくる。


「それだけじゃない。フェリシアなら、夜間に敵陣に忍び込んで、敵のど真ん中で騒ぎを起こすことだってできる。そこに夜襲を仕掛ければ、敵は大混乱に陥るだろう」


 ヒューリの目が爛々と輝く。


「フェリシアがいれば、国境付近の渓谷地帯で敵を殲滅できるかもしれない。フェリシアがいれば……」

「ヒューリ!」

「!」

「落ち着け」

「……ごめん」


 ミナセに遮られて、ヒューリは目を見開き、そしてうつむいた。興奮してしまった自分に自分で驚いている。

 そんなヒューリに、フェリシアが声を掛けた。


「ヒューリは、本当にクランっていう国が好きだったのね」

「そう、かな」

「羨ましいわ。私なんて、愛国心の欠片も無かったから。守るべきものなんて、自分の命も含めて何もなかった。命令を守るっていうことにだけは、一生懸命だったけれど」

「……」

「ほんと、羨ましい」

「そうか。守りたいものがあるっていうのは、幸せだったのかもね」

「私はそう思うわ。今度ゆっくり、クランのお話を聞かせてちょうだい」

「ああ、もちろんだ」


 少しへこんでいたヒューリに笑顔が戻った。

 その肩を、ミナセが軽く叩く。


「じゃあ、行きましょうか」


 マークの声で、みんなは前進を続けた。

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