ヒューリとカイル

「なるほど。お話は分かりました」


 マークが二人に頷いた。


「ということで、ミナセさんに、フェリシアの護衛をお願いしたいんだが」


 一拍おいて、カイルが続ける。


「受けてもらえるにしても、本当にミナセさんが強いのか、失礼ながら確かめさせてもらいたいと思う」


 真っ直ぐマークを見て言った。

 マークが、にこっと笑いながら答える。


「当然でしょうね。でも、あいにくミナセは今日お休みをいただいておりまして」


 商隊護衛の仕事を受ける頻度が高いミナセは、平日に休みを取ることが多くなっていた。

 朝の修行で事務所には来ていたのだが、今はいない。


「そのかわり、別の社員の実力から、ミナセの実力を測っていただいてもいいでしょうか?」

「別の社員?」


 カイルが聞き返した、ちょうどその時。


「たっだいま!」


 やたらと元気な声が扉を開けて入ってきた。


「いいタイミングだ。ヒューリ、帰って来てすぐで悪いが、ひと仕事頼む」



 アパートの中庭に、木刀を持ったカイルとヒューリが向かい合っていた。

 カイルが持つのは普通の木刀。ヒューリは、少し短めの木刀を二本構えている。


「いちおう言っておきますが、ヒューリの実力は本物です。本気で戦っていただいて結構ですので」


 マークがカイルに言った。


「分かった」


 カイルが、答えながら木刀を構える。

 ヒューリも二刀を構えた。


「では、始め!」


 マークの掛け声で、二人が睨み合う。


 距離を取ったまま、カイルはヒューリを見つめた。

 ヒューリの構えに隙はない。それなりの腕の持ち主のようだ。

 しかし。


 こいつじゃあ足りんなぁ


 心の中でカイルがつぶやいた。


 ヒューリからは、大したプレッシャーを感じない。たしかに強いのかもしれないが、まさにそれなりという印象だ。


 しょせんは女か


 カイルが気を抜き掛けた、その時。


「ああもう、やめだやめだ!」


 大きな声を出しながら、ヒューリが構えを解いた。カイルも、横で見ていたアランもびっくりした顔をしている。

 そんな二人を無視するように、ヒューリがマークに言った。


「ダメです、社長。こいつ、ぜんぜんやる気がない」


 その言葉に、カイルがピクっと反応する。

 マークが苦笑した。


「言っておくが、今のはヒューリが悪い。お前が本気を出さなけりゃあ、カイルさんが遠慮してしまうのは当然だ」

「えーっ、私が悪いんですか?」

「そうだ。お前が女だということ、気迫を抑えていること、それがカイルさんの闘志を削いでいる」

「でも、そんなんじゃあ戦場であっという間にやられちゃいますよ」


 その言葉で、カイルの顔が真っ赤になる。


「ちょっと待ってくれ! 今の言葉、聞き捨てならねぇ!」


 カイルは明らかに怒っていた。その体から、殺気に近い気迫が溢れ出す。


「カイル、落ち着け!」


 アランが慌てて声を掛けた。カイルが本気になったら、たとえ木刀であっても相手にケガを負わせてしまう。実力を見るだけの手合わせで、余計な遺恨は残したくなかった。

 だが。


「へへへ、そう来なくっちゃ」


 ヒューリは、不敵に笑っていた。

 カイルの気迫は相当なものだ。それを近くで浴びてなお笑えるというのは、強さではなく、ヒューリの未熟さだとアランには思えた。

 二人には、力の差があり過ぎる。

 

「カイル、やめろ。相手は……」


 アランが再びカイルに声を掛けた、その直後。


 ズザザッ!


 カイルが急激に後ろへ飛び退いた。


「カイル?」


 何事かとカイルを見たアランは、突然、背中に悪寒を感じる。


「なにっ!?」


 思わずアランも一歩下がった。その目は、先ほどまでとはまるで別人の、恐ろしいまでの殺気を放っているヒューリを見ていた。

 アランは、そのまま動けなくなった。


 目を見開くアランの前で、カイルに向かってヒューリが言う。


「あんたも傭兵だ。命を懸けた戦いってやつは、当然経験してるだろ?」


 言われたカイルが、ごくりと唾を飲み込んだ。その低い声を聞いただけで、体が勝手に震え出す。

 

 大軍に包囲されて、逃げ場を失った時の絶望。

 巨大なドラゴンに追い詰められて、身動きが取れなくなった時の恐怖。

 過去に経験してきた死を覚悟する瞬間。それを今、カイルは感じていた。


「ヒューリの実力は本物です。本気で戦っていただいて結構ですので」


 マークの言葉が、今となっては重い。


 ちくしょう、俺は甘かった!


 カイルとて、漆黒の獣を長年率いてきた強者だ。幾度も修羅場をくぐり抜け、ピンチを凌いできた。日常生活を含め、常に油断をしないように心掛けてきた。

 それなのに。


 くそっ!


 目の前のこいつは化け物だ。その化け物に気が付かず、気の抜けた試合をしようとしていた。

 戦場ならば、俺はとっくに死んでいる。


 動揺を押し殺し、カイルは目の前の敵に集中し始めた。

 カイルとて、百戦錬磨の豪の者。遅れを取ったとは言え、このまま終わる訳にはいかない。


 ヒューリは二刀。一般的には、一本を攻め、一本を受けに使う。

 二本とも、自分のものより刀身は短い。俺の剣を受けつつ、懐に飛び込んでくるのは明白。

 対してこちらは、一般的な木刀。いつも使っている両手剣には及ばないが、相手より間合いは長い。


 自分の有利な間合いで戦うために、ここは先手を打つ!


 カイルが歯を食いしばる。震える体を意志で押さえ込む。 

 カイルの気迫が上昇していった。体に力がみなぎっていった。


「行くぞ!」


 自分に活を入れるように、大きな声で叫ぶ。そしてカイルは、気合いとともに前に出た。

 正眼の構えからの突き。体重と気迫を乗せた、鋭い突き。

 今最も勝てる可能性が高い攻めはこれだと、一瞬の判断でカイルは決めた。


 カイルの木刀が唸る。


 速い!


 常人では捉えられないほど、その突きは速かった。


 ヒューリの二刀は動かない。


 いける!


 ヒューリ目がけて、カイルが一直線に剣を突き出した。その剣先がヒューリに到達すると確信した瞬間。

 影が動いた。直線の横を、影が通り過ぎていく。

 その影は、まるでスローモーションでも見ているかのように、なめらかにカイルの懐に飛び込んできた。


「!」


 カイルの目が虚空を睨む。

 その喉元に、一本の木刀がピタリと張り付いている。


「二本もいらなかったな」


 澄んだ声が、自分の真下から聞こえた。

 そこには、不敵に笑うヒューリがいた。


「そこまで!」


 マークの声で、ヒューリがカイルから離れていく。

 カイルは、木刀を握ったまま動かなかった。


「信じられない」


 アランは、自分の目を疑った。

 あのカイルが、手も足も出ないほどに完敗した。


 礼をするヒューリを見て、カイルがようやく動き出す。腕を下ろし、かろうじて礼をするが、それでもまだその顔は呆然としていた。


「言っときますけど、こいつが悪いんですよ。私のこと馬鹿にするから、本気で殺気なんか出しちゃった」


 ヒューリが、言い訳のようにマークに言っている。


「まあ、いいだろう。おかげで実力は分かってもらえたと思うし」


 マークは、ヒューリを咎めるでもなく、カイルに向き直って言った。


「いかがだったでしょうか、ヒューリの実力は」


 聞かれたカイルは、寄って来たアランに木刀を渡して、かわりタオルを受け取った。顔の汗を拭い、大きく息を吐き出してから、渋い顔で答える。


「十分だ。十分過ぎるほどだよ」


 落ち着いてきた心の中で、カイルが思う。


 世の中ってのは、広いんだな


 タオルを握ったまま、カイルがため息をついた。

 すっかり意気消沈してしまったカイルにかわって、アランがマークに聞く。


「ヒューリさんの実力は、とてもよく分かりました。それで、確認なのですが、ミナセさんがヒューリさんと手合わせをした場合、ミナセさんの勝率はどれくらいなのでしょうか?」

 

 アランの声で、カイルも顔を上げてマークを見る。

 もともとは、ミナセの実力を知るために来たのだ。ヒューリに勝てる人間がそうそういるとは思えなかったが、いちおうそれは確認しておかなければならない。


 だが、ヒューリという化け物を目にして、すでに二人は満足していた。

 ミナセの勝率が、たとえ一割しかなくても問題はない。あのヒューリに十回に一回でも勝てるというのなら、それは十分強いと言える。

 ヒューリと、念のためにミナセを加えた二人を雇うことができれば、それでフェリシアの出した条件は満たすことができるだろう。


 そんなことを考えていた二人に、マークではなくヒューリが答える。

 その答えを聞いて、二人は言葉を失った。


「何言ってんの? 私、ミナセに勝ったことなんて、ほとんどないよ」

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