また明日

「シンシアを、うちの会社で雇ってください!」


「えっ!」

「なにっ!」

「はぁ?」

「!」


 またもや同時に、全員が反応した。


「シンシアがいなくなるの、私イヤです! でも、私にはシンシアを養うお金なんてないし……。だからお願いです! シンシアを、うちの会社で雇ってください!」


 リリアが頭を下げる。


「私、シンシアと、離れたくない……」


 リリアの声は震えていた。ぎゅっと閉じたその目から、じわりと涙が溢れ出す。

 マークはしばらくリリアを見つめていたが、やがて、穏やかな声でリリアに言った。


「とりあえず、座りなさい」

「はい」


 小さく返事をして、リリアはイスに腰を落とした。


「シンシア、君はどうしたい?」


 マークが、リリアの向こうのシンシアに問い掛ける。

 聞かれたシンシアは、テーブルの一点をじっと見つめて考えた。


 私はどうしたい?


 私だって、リリアと一緒にいたい。

 だけど、私は一座で生まれ、一座で育った。団長にもシャールにも世話になっている。一座以外の生活なんて想像できない。

 想像できないけど。


 シンシアがリリアを見る。

 マークを見る。

 ミナセやヒューリを見る。


 みんなとだったら、何とかなるかもしれない。

 何とかなるかもしれないけど。


 悩んだ末に、シンシアが、紙に答えを書いた。


 分からない


 正直な気持ちだ。

 シンシアは、どうしていいか分からなかった。


 その答えを見て、マークが微笑む。


「まあ、そうだよね」


 ミナセとヒューリも頷いている。


「では、もう少し質問をしよう」


 マークが質問を続けた。


「シンシア。君は、リリアと一緒にいたいと思うかい?」


 コクリ


「この会社で働いてみたいっていう気持ちはあるのかな?」


 首を傾げて考える。

 そして、右手の親指と人差し指をコの字にして、マークに見せた。


「少しはあるってこと?」


 コクリ


「分かった。では、リリア」

「はいっ!」


 リリアが姿勢を正す。

 今度はリリアに話し掛ける。


「リリアがシンシアと離れたくないって言うなら、リリアがシンシアの一座に入れてもらうっていうのもありだけど、それはどう思う?」

「私が一座に!?」


 そんなこと考えたこともない。


 みんなと離れて一座に入る。

 私に何ができるんだろう?

 全然想像がつかない。


 そもそも、ミナセやヒューリ、社長と離れることなんて……。


 リリアは困った。

 困った結果、出した答えは……。


「分かりません」

「まあ、そうだよね」


 マークが笑う。

 その瞬間、リリアが声を上げた。


「あっ!」


 リリアがうつむいた。

 そして、小さな声で言った。


「ごめんなさい」

「分かったかな?」


 マークの声は優しい。


「はい。私、シンシアのこと、考えてなかったです」

「そうだね。リリアの気持ちは、シンシアも嬉しかっただろう。でも、いきなりあんなこと言われたって、シンシアが困るだけだよ」


 たしかにそうだ。

 その通りだ。


「出会いと別れ、そんなものはどこにだってある。リリアもシンシアも、今までに経験してきただろう?」


 二人は頷いた。


「出会いっていうのは、偶然の要素が強い。だけど、別れっていうのは、自分たちの意志でその形を変えることができる。永遠に別れるのか、再会を約束して別れるのか、それとも、別れないのか」


 マークが二人を見て言った。


「二人は出会った。それは偶然だ。でも、この後やってくる結末は、二人の意志で変えられる。二人とも考えてみるといい」


 二人が、また頷いた。

 頷きながら、二人とも眉間にしわを寄せている。


 そんな二人にマークが続けた。


「いちおう、参考までに言っておこう」


 最初にリリアを見る。


「リリア。俺は、リリアと離れたくない」

「えっ!」


 リリアが驚いてマークを見た。

 マークが真っ直ぐ自分を見つめている。リリアの頬が、真っ赤に染まっていった。


 社長、いきなりそんなこと言われても……


 リリアの鼓動が急激に早くなる。


 どどどど、どうしよう……


 そんなリリアの心を知ってか知らずか、マークが話を続けた。


「俺は、リリアと一緒に仕事がしたいと思った。一緒にこの会社で働けたらと思った。だから入社してもらった。それは、ミナセさんもヒューリも同じだ」


 リリアが、がっくりと肩を落としている。

 ミナセとヒューリも、なぜか大きく息を吐き出していた。


 もう、ドキドキして損した!


 それでも、やっぱりマークの言葉は嬉しかった。

 リリアが、うつむいて微笑む。


「次に」


 マークがシンシアを見る。


「もしシンシアがうちの会社に入りたいと言うのなら、面接をする。それに通れば入社OKだ」


 今度は、シンシアがマークを見つめた。


 面接。

 その言葉だけで何だか緊張する。だけど、面接に通ったところで、そもそも私なんかに何ができるんだろう?

 私、喋れないのに。


「シンシア。君は、今のところ喋れない。だけど、俺はそれで君が何もできないとは思っていない」


 シンシアが首を傾げる。


「喋れないとか目が見えないとか、いろいろとハンデを負っている人がいるけど、俺にとっては、性格が引っ込み思案だとかお金がないとか、そんなことと大して変わらない」


 シンシアは驚いた。

 喋れないのと、引っ込み思案とかお金がないのが同じ?


 ちょっと納得がいかないという顔のシンシアを、マークがしっかりと見て言う。


「体のハンデも、性格や環境のハンデも、その人の特徴でしかない。重要なのは、”で、どうするか”だ」


 その言葉に、ヒューリが大きく頷いた。


「喋れないものは喋れない。で、どうするか。これをきちんと考えて行動できる人なら、俺は受け入れる」


 喋れない。

 で、どうするか。


 シンシアが考え込む。

 そんなシンシアに、マークが表情を和らげて言った。


「まあ、今言ったことは、後で考えてくれればいいよ。とりあえず、シンシアが望むなら入社の可能性は十分あるってことさ」


 ニコッと笑ったマークが、パンッと手を叩く。


「さあ、遅くなってしまった。パーティーを終わりにしよう。一座のみんなが心配しているかもしれない。シンシアを帰さないと」


 その言葉でパーティーはお開きとなった。


 みんなで後片づけをして、事務所を元の状態に戻す。

 シンシアは、ミナセとヒューリが宿に帰りがてら送っていった。


「また明日ね」


 帰り際にリリアが言ってくれた言葉が、シンシアの心を暖かくしてくれる。


 もう私は、リリアと会わないなんて思わない。

 また二人でお菓子を食べるんだ。


 シャールにも謝ろう。

 迷惑と心配を掛けてしまった。


 団長にもお礼を言おう。

 いつも私を気に掛けてくれていた。


 悩ましい問題はある。

 それも一生懸命考えよう。


 楽しかったひとときと、紙とペンを抱き締めて、シンシアは一座へと帰っていった。

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