どうしても
ミナセは、集金代行の仕事で町を歩いていた。依頼主は、最近よく仕事を回してくれるようになった衣料品問屋だ。
継続して依頼がくるということは、それだけ信頼されているということだ。だからと言って、油断はできない。
「信頼を得るには時間が掛かりますが、信頼を失うのはあっという間です」
マークもよく言っている。そもそもミナセは、別の問屋の集金代行で苦い経験をしているのだ。
「同じ失敗はできない」
ミナセは、気合いを入れて集金を続けていった。
支払いを渋る相手に、粘り勝ちでお金をもぎ取ったミナセが、次の集金先を目指して尾長鶏亭の近くまで来た時。
小さな宝飾店の店先に張り付いている一人の少女を見付けた。
「リリア?」
栗色の髪に、いつも着ているアプリコットのワンピース。
間違いなくリリアだ。
リリアは、大きな買い物かごを脇に置いて、ショーウィンドウの中をじっと見つめている。
ミナセは、驚かさないようにそっと近付いて、リリアの後ろからその視線を辿った。
その先にあるのは、ペンダント。細めのゴールドチェーンの先で、小振りのイエローサファイアが輝いている。リリアに似合いそうな、とても可愛らしいペンダントだ。
「ペンダント?」
思わずつぶやいたミナセの声に、びっくりしてリリアが振り向いた。
「ミナセさん!?」
リリアが目を丸くして驚く。
「ごめん、驚かせてしまって」
ミナセが申し訳なさそうに謝った。
そして、ストレートに尋ねる。
「そのペンダントが気になるのか?」
「えっと、まあ、そうですね、はい」
少し恥ずかしそうに、リリアが答えた。
値札には、四万リューズとある。非常に高価という訳ではないが、リリアくらいの少女がとても払える金額ではない。
今のミナセでも、分割でならどうにかという金額だ。
「結構いい値段だな」
ミナセが思ったままを言う。
「そうなんです」
リリアも頷いた。
「でも」
リリアが、ペンダントを見つめる。
「もう少しで、お金貯まりそうなんです」
嬉しそうにリリアが笑った。
意外な言葉にミナセは驚き、素直に感心する。
「へえ、凄いな。小遣いでも貯めたのか?」
「いいえ。私、お小遣いはもらってません」
じゃあどうやって? と聞くと、リリアが説明した。
「お客さんからもらったチップとか、買い出しの時におまけしてもらった分とかを貯めたんです。あと、常連さんから内職の仕事をもらって、空いてる時間にこっそりやったりとか。ちょっとずつ、ちょっとずつ、四年くらい」
「四年も!?」
ミナセが、先ほどのリリアと同じくらい目を丸くする。
チップやおまけなど、大した金額ではないだろう。
内職の仕事をどれだけやったのかは分からないが、リリアの話を聞く限り、空いている時間などほとんどないはずだ。
わずかな休憩時間を使うか、あとは睡眠時間を削るくらいしか……。
「私、お店に出てるから、最低限のお洋服や靴は買ってもらえるんです。だから、お金を使うことってないんですよ」
リリアは相変わらずニコニコと笑っているが、ミナセは笑うことができなかった。
このペンダントを手に入れるために、どれだけの我慢と苦労を重ねてきたのだろう。
いったいなぜ?
「そんなにこのペンダントが欲しいのか?」
ミナセは聞かずにいられなかった。
「はい、欲しいです」
リリアが即答する。
「どうしてこのペンダントなんだ?」
「それは……気に入っちゃったからです。私、どうしてもこれが欲しいんです」
リリアの言葉には、力がこもっていた。
「どうしても?」
「はい、どうしてもです!」
迷いのない、まっすぐな目でリリアが答える。
ミナセは、それ以上何も聞くことができなかった。
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