暁の水平線に勝利を刻め暴力で
海上に突如現れた正体不明の存在――――通称“敵艦”。
圧倒的な戦力差に、人類は成すすべもなく、制海権を敵艦に明け渡すことになった。
それから数年。人類は、敵艦に唯一対抗する手段を手に入れた。
それが艦――――改め、特甲児童。
これは「
『提督が鎮守府に着任しました、これより、艦隊の指揮を執ります!』
「――――とは言ったものの、何の格好だこれは!?」
提督の執務室。「提督」が座る机の前でうろたえる彼女の名は“涼月”。秋月型駆逐艦の3番艦だ。
肌に密着するよう設計された
「超……じゃねぇけど、ギリだ。なんだこのパツパツのタイツ……」
「おめでとう“涼月”。アップデートでようやく実装されたようだな」
ガムを噛みながら話すのは、唐辛子のように赤く長い髪の特甲児童“陽炎”。陽炎型駆逐艦のネームシップだ。
グレーの制服に、スカートから見えるスパッツに包まれた太ももが魅力的で――何より、モデル並みのスタイルに、その豊満な胸部装甲が目を引く。両手にはめた白い手袋も、なんだか官能的に見えてくる。
「だが、私はサービス開始時から実装済みだ。ある意味私が先輩だな?」
すると執務室の外から、突如として歌が聞こえ――
「あっさーのひっかーりーまぶーしくてー♪」
そして、勢いよく執務室の扉が開かれた。
「うぇいっかー♪ アロー! 夕霧は、ただいま着任しましたよー!」
開けられた扉から入ってきたのは、白とブラウンの水兵服に身を包んだ特甲児童“夕霧”。特型駆逐艦のうち、中期タイプである綾波型駆逐艦の4番艦にあたる。地味な制服ながらも、ウェーブがかったブロンドと、その笑顔が朝の光よりもまぶしい。
「涼月も陽炎もずるいです! 夕霧はまだ未実装ですから、綾波型の制服なんですよー!」
「いい歌だけど、今日はオリジナルじゃないんだね、夕霧」
「今日は特別ですからねー! それはそうとこの歌詞、朝日がまぶしくて『
「その歌詞は『
「あー……そうかい。で、あたし達はどうしてここにいるんだ?」
涼月がそういうと、提督代行たる“天龍”が口を開く。
「でー……その、大隊長。その格好はなんなんですか?」
涼月が恐る恐る聞く――“飾り耳”のような頭部のパーツ/女物の黒いカーディガン/とても彼が選んだとは思えないチェック柄のネクタイ/執務机に隠された下半身は想像したくもない――だが、巌と称される彼はその件には黙し、話を続けた。
彼女たちに与えられた任務は、鎮守府近海を跋扈する敵の掃討。
そのため、まずは既に着任している特甲児童と合流してほしいという。
彼女らは、合流すべき特甲児童がいるという工廠へと、渋々向かった。
「な、なんで僕……こんな女の子の格好をして……」
涼月たちが工廠と呼ばれる施設に着いた時、まず目に入ってきたのは、濃紺の制服に身を包んだ少女――というには肩幅に違和感がある/胸部装甲が貧弱/声も不自然/しかも金の短髪――であった。
彼女――いや、ここは弁座的に「彼」としよう――彼の名は吹雪。栄えある特型駆逐艦の一番艦である。
「吹雪……何やってんだお前」――呆れた顔で涼月。
「いや、あの、これはその、決して“そういう趣味”じゃなくて……」――吹雪が狼狽えながら言う。
「いわゆる“男の娘”だな。見た目的に
「吹雪さん似合ってますよー?」――笑顔で夕霧。
「そ、そんなっ……」――三人に囲まれ、顔を赤らめ縮こまる吹雪。
「まったく、童貞くさい反応しやがって……」と、涼月が吹雪をにやつきながらいじった刹那。
「俺はっ……童貞じゃねーっ!!」
閃光――砲撃。
工廠の扉を12cm30連装噴進砲で破壊しながら登場したのは、やせ形でスキンヘッドの成人男性――の、特甲児童であった。
唐突な登場/呆気にとられる駆逐艦たち/沈黙/さらなる沈黙――――破ったのは砲撃した本人だった。
「撃ち合うのは慣れてますから」
「あ、ああ……」
思わず肯定する涼月。
「俺は千代田。階級は《軽空母》です」
千歳型水上機母艦2番艦――千代田。昭和13年竣工。
幼少期はひ弱で目立たず、給油艦を兼任して、目立たぬ功績も無いまま高校を卒業。
家を出る金を調達する為軍需工場で働く。
左手首に大怪我――児童福祉手当を受け、機械化手術/甲標的母艦へ改装。
その後、宅配のアルバイトにて――姉妹艦の千歳に話しかけられる。“希望に満ちた天使”の登場。
生まれて初めての姉妹艦との携帯電話でのやり取り。
はにかみ屋の千代田は、いつもイラスト投稿サイトで見ていた未成年禁止の千歳型姉妹禁断ポルノ漫画を千歳に見せる。
天使は怯えて逃げた――着信拒否。“もう、これじゃ水上機運用が……”
昭和17年――転機。
それまで貯めていたお金で、ついに家を出てミッドウェーへ。
大戦に出る優越感――間もなく敵国の艦載機に蹂躙され、大敗。
家賃が払えず、工廠に住むようになる。
とあるちとちよマニアのページに頻繁にアクセス――姉の千歳を想うあまり、スキンヘッドに。
昭和18年――異変。
沈黙が当然だった携帯電話が鳴る。恐る恐る出ると――
「やあ、千代田くん! 私は工廠妖精おじさんだよ! 君はこれまでずっと試されてきた! そしてついに合格したんだ! 我々に相応しい特甲児童として!」
得体の知れない、だが惹かれる声――そして言葉。
「そんな君に私からプレゼントがある! 指定された場所へ急行してくれ!」
指定場所について驚愕した。動悸/興奮――リボンが付けられた電話ボックスのような箱。
触ると展開し――零式艦戦21型、九七式艦攻が収納された内部が露わになる。
その全てに『Ikkousen Inc.』の刻印。
刹那、電話が再び鳴る――相手は工廠妖精おじさん。
「どうかね! ミッドウェーで失った正規空母の穴を埋めるために、水上機母艦を改装し飛行甲板を取り付けた改装空母、《千代田航》だ。君の艤装を少しばかり改造すれば、すぐにでも艦載機を発艦できるようになる。君は一航戦を知っているかな?」
一航戦――ミッドウェーで失われた機動部隊――。
「そう、第一航空戦隊。かつて真珠湾空襲を行い、太平洋戦争を引き起こした、憂国の機動部隊さ。我々は一航戦のように、世界史を変える可能性のある特甲児童に、最適な改装を施すことを使命としているのだよ、千代田くん」
「なんで……俺なんですか」
思わず出た声に、妖精は答えた。
「君が君だからだよ。私たちは君を必要としていんだ」
そう言われた瞬間――――千代田の意識は変わった。千代田の中で燻っていた大和魂が迸った。
改修――義手のバランサーを外し艦載機を扱えるよう改造/艦載機を飛ばす飛行甲板を装備/甲標的母艦としての機能をオミット/艦載機の練度上昇訓練。
更に改修――千代田航改/艦載機搭載数を強化。
更に更に改修――千代田航改二/迷彩塗装/対空装備搭載/軽空母最大の艦載機搭載数。
そして――実戦。
「レイテ沖で君の仲間が助けを求めているぞ、千代田くん! 植民地化され資源を略取された東南亜細亜を取り戻そうとする敵国を討たんとする彼らを救ってくれ! 今こそ歴史的な一撃を放つ時だ。君の自慢の飛行甲板の偉大さを証明したまえ。そのための手段は今まさに君の手の中にある!」
改修で手に入れた12cm30連装噴進砲――これが、世界史を変える力。
「俺の一撃は――」
バン/バン/バン。
群がる敵艦載機に噴進砲をぶっ放しながら。
「――世界史だって変えられるんだ!」
その後――航行不能となり艦隊から落伍。
追撃を任された敵重巡洋艦以下に捕捉され――バン/バン/バン。
搭乗員全てと運命を共にした。
「――アーメン、クズ野郎」
涼月の視界が急にぼやけた――そして、他の駆逐艦にそれを見られた。
都合よく急に頭の中で浮かんだ情報が、目の前の児童とはとても言い難い特甲児童の情報を説明する。
「ど、どうしたの涼月ちゃん?」
「馬鹿、目にゴミが入っただけだっての」
そういって目を片手でぬぐい正面を見ると、千代田が生身の右手を差し出しているのが見えた。
「防空駆逐艦なんだろ? よろしく頼む」
そう、彼はこれから艦隊を組む仲間なのだ。
渋々、涼月が手を差し伸べようとしたその時、
《アアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――!!》
けたたましいサイレンが工廠に、いや鎮守府全体に響く。
《鎮守府沖に敵艦の存在を確認! 直ちに急行せよ!》
「ったく、どうやら“仲直り”はさせてくれないようだな」
そのまま手をひっこめ、千代田の開けた扉を飛び出し屋外へ。
埠頭の先まで走り、そのまま海へと飛び出し――――。
《
両足が/両手が/腰部が――緑色の幾何学的な閃光に包まれ、〈艤装〉が展開された。
両腕に各々2連装=合計4連装酸素魚雷攻撃機器――通称“雷撃器”/腰部から伸びたアームにメカメカしいマスコット的存在――長10cm砲×2/両脚部に舵を装備――これで海上を航行できる。
換装完了=僅か1秒余り。
海面に無事「着地」。そのまま海上を疾駆する。
後から続いた陽炎、夕霧、吹雪、そして千代田もそれに続く――そして。
「待て涼月! 旗艦たる私の紹介がまだ始まっていないぞ――!」
銀縁眼鏡を直しつつ遅れてやってきた彼の名は「利根」。重巡洋艦だ。
言うまでもないが、彼も同じく特甲「児童」なのだ。
「食らいやがれってんだ!」
敵水雷戦隊との遭遇戦は既に佳境であった。
涼月の雷撃器が発動し、至近距離での魚雷発射。クジラともサメとも言えない駆逐艦タイプの敵艦は、海上の黒いしみとなった。
「前に出すぎるな涼月!」――利根。声を荒げて言う
「…………」―― 一方の陽炎、8拍子でガムを噛みながら連装砲を発射/有無を言わせず敵に両弾命中。
「涼月も陽炎もずるいです」――夕霧がふくれっ面で言った。
「なんだよ夕霧、駆逐艦は接近して当然だろ?」
「涼月はなんでかわいい連装砲を使わないで、殴ってるんですか?」
夕霧の目線の先は涼月の腰部――。
涼月の腰部に繋がるアームに固定された鋼鉄の長10cm砲ちゃん×2――片方は陽炎/片方は夕霧を模している。
広報部によると、グッズ展開している中でも特に小中学生に人気なのが、この長10cm砲ちゃんのグッズなのだそうだ。
「それはそうだ。涼月は『白兵戦闘』を使った方がダメージ出るからね」
「陽炎も、なんでさっき先に魚雷攻撃をしていたのですか?」
「私は『海のスナイパー』だからな。当然だ」
「むーっ! 涼月は未実装だからってやりすぎですし、陽炎も派生テーブルゲームの能力を使ってずるいです!」
更にふくれる夕霧。
刹那、前方をゆく吹雪から連絡。
《前方に大型の敵影を確認。きっとこの海域にいる敵艦隊の旗艦だよ!》
「よし、さっさと殴り倒して
間もなく艦隊はその敵を捕らえた。
敵その1――黒く巨大な頭部――否、頭部を模した帽子のような艤装を持った、筋肉モリモリマッチョマン。
敵その2――両腕に艦砲が張り付いた盾を装備した、ニヒルな笑顔のナイスミドル。
「ここを通りたければ、私の運転技術を味わってからにするのだな!」
「
利根の索敵によって相手の情報が開示される――。
筋肉――空母ガブリエル級/ナイスミドル――戦艦ミハエル級。
「涼月、陽炎、夕霧、吹雪――、千代田!
旗艦、利根の号令が、戦闘の合図となった。
索敵――成功。
陣形――同航戦。
航空戦――「俺の一撃は世界史だって――」空戦空しく制空権を取られる。
開幕雷撃――「……!」ミハエル級を見つめたまま顔を赤らめる陽炎/魚雷は明後日の方向へ。
砲撃――「副長、狙わせてもらいますよ」ミハエル級による逆スナイプ/利根大破「私のSLRカタパルトがーっ!!」
瞬く間に形勢は不利に。
「夕霧だって好き勝手やっちゃいますよー♪」
そのとき、突如として始まる夕霧ソング――「例のアニメソーング♪」
「アニメさんは同人さんと仲良しさーんになりたーい♪」
くるくると翻りながらガブリエル級の艦載機をかわす/逆に連装砲をバン×バン/挟叉。
「なーので設定をー同人さーんの設定に合わせたのー♪」
さらに連装砲をバン/挟叉――間隔は狭く。
「なのにあれれー♪ 同人さーんは怒っちゃったーなんでーだろー♪」
夕霧がいつの間にか持っていた赤い二股の槍――それを、投げる――命中。
「良い歌だね夕霧。今日は夕霧が艦隊のアイドルだ」
「ご清聴
満悦の表情で陽炎と夕霧。
一方、涼月と利根の表情は曇っていた。
「それは別の“綾波”の武器じゃないのか……」――半目で涼月。
「涼月が未実装なのをいいことに好き勝手やってるので、夕霧もやっちゃいました!」――キラキラ笑顔の夕霧。
「歌は良いね。人類が生み出した最高の文化だよ」――サムズアップしながら陽炎。
「いくらなんでもやりすぎだ! 回天搭載艦にされたいのか!」――無線で利根。
一方、なんとかフィールドを突き破る例の槍で帽子を飛ばされたガブリエル級は――
「良く見切った夕霧隊員。だが、
――例のポーズで海中に沈んでいく/撃沈判定。
「今度はあたしの出番だな! 中隊長だからって手加減しねーぞ!」
涼月――ボクサーの構えでミハエル級に突撃/不意に水柱。
振り向く――陽炎の連装砲から煙。
「待て涼月。あれは私の得物にする。手を出すな」
「馬鹿、だからって味方に砲撃するか!?」
「人の得物に手を出すからだ。それとも、その貧相な体で中隊長に手を出すつもりだったのか」
「言ったな胸だけ給油艦!」
「ああ言った。その胸の飛行甲板で私と勝負するか?」
「あ――……、こっちは無視か。このまま向こうの戦術的勝利で良いんじゃないか?」
2人の間で勃発した喧嘩をしばらく遠目に見て、ミハエル級はため息をつく。
しかしこの海域にいる全員は、異変に気づいていなかった。
ドン。
突如として巨大な水柱が特甲児童たちの周りに乱立。
「君たちはこの先最大の障害となる」「消えてもらう為に、わざわざ出向いてあげたよ!」
巨大な人型の艤装を身にまとった2隻の巨大敵艦――戦艦リヒャルト・トラクル級×2。
「……へへっ、わざわざ行く手間が省けたってことだな!」
「そのようだ。甲板、もとい涼月との勝負は置いといて、まずは向こうを対処しよう」
二人の喧嘩は休戦――全員の注意が2隻の大型戦艦に向く――。
その時――よろよろと主を失った敵爆撃機が、千代田に近づいた。
戦艦棲姫に気を取られ、気付いた時には既に爆弾は切り離されて――「俺の一撃は、世界史だって……」。
だが、次の瞬間、火線が敵爆撃機を焼き、撃墜した。
異変に気付いた吹雪が叫ぶ――「新たな艦船出現……味方です!」
「ご奉仕いたしますわあーっ!」
装甲空母、大鳳が、三式戦闘機――飛燕と、F/A-18ホーネットを、超伝導型機関銃によって高速発艦させていたのだ。時代背景も時系列もあったものじゃないが――。
尚、爆弾は特に妨害もなく千代田に当たり、中破となった。
「何の伏線も無くいきなり現れた艦船に助けられるたぁ、気に入らねぇな。なぁ、“あたくし様”」
「そちらこそ、強敵を前に仲間割れとは、随分と余裕ですのね」
「悪口は後でスシバーにでも行きながら聞いてやる――」
そういいながら涼月は両腕の雷撃器をガチンと合わせ、正面を向いた。
「――でも、今は前に進むのが先だ!」
各々の艤装を構え、2つの巨悪に立ち向かう。
「あたしの海で――勝手な事してんじゃねぇ――――!!」
そして、涼月の一撃が戦艦トラクルおじさん級にふりおろされ――――。
「――――――……んっ」
蛍光灯の下、涼月は目を覚ました。
外れかけていた眼鏡を無意識にかけなおす。勉強中、どうやら眠っていたらしい。
枕代わりになっていた世界史のテキストには、太平洋戦争の大まかな説明と、戦艦ミズーリ甲板で行われる調印式の写真が載っていた。
「――へぇ、戦争が終わったのって、あたしの誕生日に近いんだな」
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