第26話 レディース リダ― 赤原ヒロコ

26 レディース リダ― 赤原ヒロコ

 

 ミホの骨はわたしの長サイフの中で冷えた。冷たくなってしまった。わたしのリベンジの心は燃えている。

 ともに死を誓い合ったダチがあんな殺されかたをしたのだ。あたりまえだろう。

 じぶんと繋がりのある人が殺されても、平気でいられる人のほうがおかしいのだ。

 

 みんなをまきこむわけにはいかない。

 

 甘酒をごちそうになった美智子せんせいにもいえない。ヒロコは「アサヤ塾」の駐車場でみんなと別れた。ハンドルは自宅には向かわなかった。少しでも早く、生江の家にいき、問い質したかった。


 東中学校には生江という生徒はいない。東校のダチにラインで問い合わせて明らかになったことだ。どういうことなのだろう。こうなると謎の中学生だ。


 ヒロコは東中の生江というヤンキーの男子生徒の話しはときどき聞いていた。ところが、ところが、東中には生江という生徒はいないという。深夜になっていた。


 道路はときおり長距離トラックがすれちがうくらいだった。

 

 キララがいっていた家はすぐわかった。彩子ちゃんを殺した男が隠れ住んでいたという、赤い屋根の廃屋だった。ヒロコはキララから赤い屋根ときいたときから、この家の存在を思い出していた。アサヤ先生も、知っていた。肯いていた。

 ヒロコは堂々と玄関の扉を叩いた。部屋の中で明かりがついた。


「陸奥の、安達の原の黒塚に、鬼こもれりと聞くはまことか」


 ヒロコは得意の古典の知識を披歴して訊いた。とんでもない訪問の来意に、顔をだした偉丈夫は応えた。


「『拾遺和歌集』平兼盛(たいらのかねもり)の作品か。鬼は高貴な女性たちのことだが、武骨な男でもうしわけないな。おあがり、なにか訊きたいことがあるのだろう」


 羅刹が古典的な顔でいった。

「そのひとなら、ぼくの知り合いです」

 生江が顔をだした。

「よかった、あんたがいてくれて。とって食われる覚悟で来たの」

「おもしろいお嬢さんだ」

 廃屋というのはあてはまらなかった。畳も真新しくい草のニオイがしていた。ヒロコは知らないが、啓介の血で汚れたので急きょ畳を変えたのだ。


 古典的な卓袱台が部屋の中央に置かれていた。ヒロコが正座すると「ほお」というような顔が偉丈夫の顔にうかんだ。

「父です」

「お初におめにかかります。赤平ヒロコ。レディースのリーダーをつとめさせてもらっています」

 

 挨拶がすんだ。深夜の来訪者ヒロコは自称東中学生の生江と二人だけで向き合った。


「ミホさんのことなら、ほんとにキララさんにいったことしか知らない。ぼくがドローンの動かしかたを教えた男は体からチョークやインクのにおいがしていたので、センセイかなと思った。床ワックスのニオイもしていたし。ぼくはにおいに敏感な性質なんだ。男は目だし帽かぶっていた。ほとんど口きかなかった」


 不意に三人の男たちが部屋に乱入してきた。アクリル製の目だし帽をかぶっている。ヒロコと生江の会話が中断された。

「オヤジ。こいつらだ。ぼくをカラオケ店の駐車場で襲ったのは」

 生江が羅刹に声をとばした。

「過激派の夜光族だな。あれほどいいきかせているのにわからないのか」 

「もう羅刹、あんたなんかこわくない。おれたちは、おれたちの道をいく」

「どこにたどりつく道だ」

「この死可沼を夜光族の支配下におく。おれたちがここの領主だ」

「バカな」

「領主だからここで猟をするのは好き勝手だ。あんたは独り。おれたちはこの街の人間にパラサイトできる能力もある。この能力を最大限に利用して男の仲間を増やし処女の血を吸いまくってやる」

「なにホザク。領主と猟師の区別もつかないヤツが。夜光は猟師になれても領主にはなれない。この土地の領主はオレだ」

「オヤジ、説得しても、ダメだ」

「いまごろ気づいても遅すぎる。この地は全部オレッチのものだ」

 あわや乱闘。羅刹と生江、ヒロコは身をよせあった。切羽詰まった睨みあい。夜行族の反乱だ。


「ヒロコ」

 礼子が飛び込んできた。そして生江をみてフリーズ。一瞬固まった。

「かあちゃん。どうしてここへ」

「ケイタイにGPS機能がついてるでしょうが」


 礼子は固まったまま、さらに言葉をつづけた。


「ヒロオどうしてあんた生きてるの。砂崎博郎でしょう」


 生江にむかって叫んだ。平成橋のたもとで、ダンプに激突して自爆したサンタマリア創設のヘッド。礼子の初恋の男。砂崎博郎が生きていた。それも当時のままの、なんら変わるところのない姿で。


「…………」

「あんた。ヒロオ。自分の子どもを食い殺す気」

「ちがうの、生江君はわたしを助けようしているの」

「じやぁ、博郎ではないの」


 礼子はあ然としている。それにしても、15年前のわたしの恋人砂崎博郎にそっくりだ。


「いや、名前はときかれたから、名前と訊き返したら、生江になったから、そのまま使っている」

「礼子。会いたかった。元気だったね」


 目前にいる、少年がわたしの父。どうなっているの。衝撃の事実を聞かされて、ヒロコは茫然自失。とうに、三十路を過ぎている礼子がまだ中学生としかみえない彼にしがみついて号泣している。博郎がじぶんの目前にいるのが、礼子には信じられない。――それも死んだ歳のまま、少しも変わりない。


「瀕死のぼくを父が噛み親となって、再生させてくれた」

 形勢は逆転した。数の上からもこちらは四人だ。過激派のV男ちたちは、ヒロコ親子の再会劇についていけない。白けてしまった。

 それにここで争っても勝ち目はない。もじもじしている。ヒロコの携帯が鳴った。 


「たいへんよ。キララが消えた」

「サブのユカからよ」

「キララってぼくをここまで昨夜送ってくれた女の子」

「そうよ。オトウサマ」


 環境にすばやくトケコメルのもヒロコの特性だ。礼子は苦笑い。まだ、このsituationに礼子はナジメない。


「まさか、キララを襲ったのは、おまえらではないだろうな」


 羅刹と博郎が同じようなことばで、V男たちを糾弾する。

 Ⅴ男たちはすごすごと撤退する。始めの元気は何処へやら――。


「ユカのところへキララのお母さんから連絡があった。まだキララが家にもどっていない」


 どんなことがあっても、夜遅くなるときは家か、仲間に連絡する。それが誰も連絡を受けていない。ヒロコも同じようなことをして、礼子が迎えにきてくれた。じぶんのとった行動と合わせてかんがえた。

 わたしたち、焦りがある。どうかしている。もっと冷静にならければ――。いけない。ヒロコはキララをケイタイで呼び出した。


「はい」

 いまかんがえていたキララの母がでた。

「キララはケイタイを部屋に置いたままなの――。あの子はケイタイを見るとミホちゃんのことを思いだして、つらいのよね。ラインをすぐに見なかったことに責任を感じているのよ」

 キララをケイタイのGPS機能で探すことは、あきらめなければならなかった。


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