異変が起きる街

麻屋与志夫

第1話「アサヤ塾」のオッチャン先生、御成橋でペチャバックの少女に会う。

……神はその光とやみとを分けられた。神は光を昼と名づけ、やみを夜となづけた。

 創世記 第一章 四節―五節


1「アサヤ塾」のオッチャン先生、御成橋でペチャバックの少女に会う。

 

 うなだれて……死可沼市の中央を流れる黒川に架かる御成橋の欄干にもたれ、川面を見ているアサヤに、女の子が心配そうに声をかけた。


「オッチャン。ナニミテルノ」


 中学二年生くらい。この橋を渡って先の死可沼北中学の生徒だろう。スカートのベルトのあたりをまきこんで丈を短く、ミニだよん、という感じにしている。

 

 ミニスカート? から生足がスッキリとのびている。スーパーモデルも真っ青の脚線美。制服の袖はまくりあげ、ボインちゃんなのにペチャバック。


「もしかして、飛びこもうかなと……」

「それは、ない、ない。女の子のデカパイに見とれるくらいだから……それはない」

「それって、あたしのこと、ナンパしてるの」

「バカな。ロリコン趣味はない」

「なによ、それって」

「だから、少女に誘われても困ってしまってニャンニャンニャニャン」

「おもしろい、オッチャンじゃんか」

 

 川面を見ながら考えていたことを口ずさむ。


「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」

 女の子は神妙にきいている。


「……昔ありし家は稀なり」

 ようやく、長すぎる朗唱がおわる。とたんに、女の子がいう。


「方丈記ジャン」


「すごい、きみなんていうの……?」

「それってヤッパ、ナンパっぽいよ」


「紫は灰さすものぞ 海石榴市(つばきち)の八十(やそ)の衢に(ちまた)逢へる児(こ)や誰(たれ)」

 

 名前なんていうの? とアサヤが万葉集を朗唱してもういちど訊く。

 

 

ところが、おどろいたことに――。


「カルイ。カルイ。万葉集。3102。たらちねの母が呼ぶ名を申さ(まを)めど 道行く人(びと)を誰と知りてか」


 お母さんが、わたしを呼ぶ名を教えてもいいけど。あなたのほうから、名のってよ。とペチャバックが同じく万葉集の歌でカエス。見事な応答だ。


 万葉集で問いかけられては、こちらから名のらなければならない。


「手前、生国とはっしまするは関東です、関東、かんとう、といってもいささか広うござんす。北に男体、南に筑波 金波銀波の流れも清き、死可沼は黒川で湯あみした姓は麻屋、名は与志夫でござんす」

 

 アナクロな名のりにおどろいて。

 

「ござんす、でも、ございますでもいいけどさ、オッチャンこっちだいじょうぶ。だいぶユルンデいるみたい」


 頭のところで、定番のジェスチヤーでくるくると指を2度まわす。

 二重マルをもらった児童のようにアサヤが、ニッと唇をゆるめる。


「でもさ、オッチャン、タダモノデナイネ」

「おれは、タダでも教えるアサヤ塾の塾頭、麻屋与志夫である」

「なに「男塾」の江田島平八郎をキドッテルノヨ。そのギャグ、チョウ古すぎ。ママの時代にハヤッタものよ。塾の頭ってことは、アタマモいいのね」 

「まだまだやってるアサヤ塾。やめてられないアサヤ塾。だって、やめたらクッテいけないんだもん。むかしの名前でやってます」

 

 と、アサヤがおどける。


「ああ、お母さんから聞いている。死可沼の都市伝説となっている塾だ。ほんとにまだやってるの」

「そういうこと、だからここから飛びこむなんてことないから安心して――」

「生徒いるの? 何人いる」

「いない。七人しかいない」

「ソレッテヤバイジヤン。食っていけるの?」

「ダメダネ。ぜんぜんダメ」

「じゃ、やっぱ、ヤバイことかんがえていたのね」

「だからそれはナイッウノ」

 

 この年頃の女の子と話していると、なんだかこちらがおかしくなる。

 ついつい彼女の音声とシンクロしてしまう。

 会話が混線して、ことばが乱れる。





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