第9話 突きつけられた真実

「とりあえずね、どっかで話す?」

 まさひこの提案にちりこと慶一郎はうなずいた。


 三人は大型スーパーのすぐ近くにある和テイストのファミレスに、歩いて行って入った。

 

 個室があったので、立て込んだ話になりそうな三人には 好都合だった。


「いつからなの?」

 ちりこは心で泣きながらも、二人には厳しく毅然とした態度で話をかけた。


「ちりこちゃんには悪いけど、ワタシあなたよりも慶一郎とは長いのよ」

「どういうこと? だって私たち高校の同級生でしょ?」


 ちりこは頼んだアイスコーヒーを一気に飲んだ。

 咳き込む。

「おい、ちりこ大丈夫かよ」

「うるさい」

「あっ。ごめん」


 アホ旦那が心配したって心に響かない。


「 実は中学3年の時にワタシと慶一郎は塾で出会ってたの。単刀直入に言うけどワタシはゲイでニューハーフ」


「俺は昔から本当はさ、男も女も好きなんだ」


 旦那と友達の告白にちりこの胸に衝撃が走る。


「それって」

「ちりこと結婚するずうっと昔から俺とまさひこは付き合ってるんだ」

 その言葉を聞いているまさひこの顔は勝ち誇っていた。


「私は初体験も慶一郎だし」

 まさひこがニヤリと笑いながら言った。

「俺もまさひこが初めて」


 アホ旦那も嬉しそうに告白する。

 私はパニックになった。


「それって私に言うこと!? なんでそんなことっ! 追い討ちをかけるようなこと言うわけ!」

「……お前が離婚に応じてくれないからさ。事実を言ったまで」

「子供たちのためにできないわよ!」

「頼む!」

 慶一郎は上辺だけ頭を下げた。

 コイツのこういう時の小馬鹿にしている態度はわかっている。 

 悪いと思ってなんかいない。

 悪びれた様子を周りにアピールしたって化けの皮の下はせせら笑っている。


「まぁー、ちりこちゃんもただじゃあ離婚できないわよね?」

 まさひこが含みをもたせた不快な笑みを浮かべた。


 まさひこの言葉でちりこは思いついて切り出す。

「慶一郎、このことをお義母さん知ってるの?」

 ちりこは精一杯すごんだ。

 ちりこは元来こういう駆け引きとか交渉は下手で。

 争うことも苦手だ。

 だけど今言わないと不利になると思った。


「母さんは知らないよ。バイセクシャルだなんて知ったら仰天するだろうな。倒れるかも母さん」

「じゃあお義母さんには黙っててあげるから子供たちのために家を温存して」

「ぐうっ。ずるいなちりこ」

「ずるい? 何言ってんのよ裏切り者のくせに!」


「いいじゃない。ワタシが慶一郎の生活の面倒は見るわ。養育費も住宅ローンも払ってあげる。それできちんと離婚してくれるのなら」

「いいのかよ。杏樹」

「いいのよ。ワタシ高給取りだし。慶一郎とのためにこっちに引っ越してきたしね」


 まさひこはにやりとまた笑った。

 腹が立つ。


「ちりこちゃん。杏樹ってワタシの新しい名前よ」


 まさひこは自信満々の勝ち誇った笑顔でちりこを見た。


 まさひこの思うようになったのは分かっていた。

 だけどちりこは怒りがすうっとなくなるのを感じた。

 とりあえず住む所は確保できた。

 守れた。

 名義は旦那とはいえ住宅ローンも旦那側が払う。


 男友達のまさひこは会わない何年かでアンジュという女になっていた。


 男友達ではなく女になったのだ。


「まあちりこ。お前も新しい男でも見つけて付き合えよ。少しは視野が広がって俺みたいなのも理解が出来るかもよ」

「はっ?  冗談じゃない。理解? する必要ないね」


「ふふ。ワタシ慶一郎がちりこちゃんと結婚するって聞いた時すごいショックだったわ。でも」 

 まさひこ =アンジュは、朝っぱらから祝杯かのようにビールをジョッキで美味そうに飲み干した。


「今はすごい幸せ」

 まさひこは慶一郎にしなだれかかって恍惚こうこつの表情を浮かべた。


 ちりこはめまいがした

 なんだこの茶番は!

 まさひこが慶一郎に頼まれて芝居をうっているのかもと思った。


 誰か冗談だって言ってほしい。


 ちりこが立ち上がって帰りかけたら突然個室のふすまが開いた。

「慶ちゃん! いたいた」

 若い妊婦がにこにこ笑いながら入ってきた。


「だっ誰?!」

 お腹がだいぶ出てきているので歩くのが大変そうだ。


「私たちのマドンナ」

「マドンナ?」

 いまどきマドンナってなんだよ。

 目の前の妊婦はかなり若い。

 その子は慶一郎とまさひこの間に座った。

「杏樹。なんでマヤを呼んだんだ?」

「どうせ後でばれちゃうんだからちりこちゃんに全部教えておこうと思ったのよ」


 なんだろう。

 すごい嫌な予感がする。

 いやむしろ、嫌な予感しかしない。



「私は慶ちゃんの子を産みます。離婚して下さい」


 やっぱりだ! やっぱりだ。

 ちりこの目の前がぐらりと回りかけた。

 立ちくらみがした。

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