第17話 マノカイ王家は紛糾中

 リョウはようやくマノカイの城に着いた。

 王城の回りは異様な雰囲気だった。女、子供、老人の姿は全く見えず、人通りがほとんどなかった。だが、窓の隙間から町人連中が大勢、息を殺して様子を伺っているのだろう。

「危ない。」

 リョウは直感した。

 これはゼノアとは関係のないマノカイの王位継承問題が民衆の気を張り詰めさせているからなのだ。戦争前夜であることを彼らは知っているのだ。

 こんな時にゼノアの王太子の不始末が知れ渡れば、民衆の興奮の矛先がゼノアに向かう可能性も捨てきれなかった。

 だが、逆にリョウは気持ちが高揚してくるのを覚えた。

「うまく切り抜けて見せるさ。」

 彼は兵士たちに規律を乱すなと厳重に注意した。

 リョウは誰と誰に注意すれば、全員の統率が取れるか承知していた。リョウの命令はすべての将兵の間で電気のような効果があった。

 彼は城門の前で馬を降り、徒で入門した。

 馬を降りる恭順な態度に民衆は安心するはずだった。たとい軍備が厳重だったとしても。

 もう信用できる部下が少なくなっていたが、リョウはそのうちの一人を遣わしてリンゲルバルトに到着を知らせるよう命令した。


 程なくしてリンゲルバルトがナイ儀官と共に出てきた。

「ダメだ。全く話が通じない。というか責任者になる者がいないんだ。」

 彼は、リョウと軍隊を見てほっとしたようだった。ナイ儀官はもうぐったりしていた。

「リーア姫どころではない。」

「誰と話をしたのですか?」

「マインツ伯。」

「誰です?それは。」

「王の遠縁に当たる人物だ。」

「どうにかなりそうな人物ですか?」

「多分ダメだな。本人がどうとかいう問題じゃない。誰も彼に権利があるとは認めていないのだ。リップヘンと、リップヘンの母の公妃と愛人のホルスト公子、サーシャの母のゴブロイド夫人と兄のゴブロイド伯が中でいがみ合っている。」

「ゴブロイド夫人と兄のゴブロイド伯っておかしくないですか?」

「おかしいけど、便宜上ゴブロイド夫人と呼んでるんだ。どっかで誰かが適当に叙爵したらしい。」

「ホルスト公子も変ですが?王族みたいな名前ですが?」

「そんな突込みばかり入れるな。ホルスト公子は血統はキチンとたどれるらしいが、社会的影響がまるでない家系の出らしい。ゴブロイド家がなりあがりなのはそのとおりだ。」

「状況から言うとリップヘンが断然有利なのでは。」

「そうは行かん。実の母が敵だからな。リップヘンの弱みをいろいろと握っているらしい。」

 彼らは相談のうえ、乗り込んでいくことにした。

「1時間、いや半時間だけです。それ以上は待たせられない。」

「誰をだ?マノカイの連中か?」

「違います。私たちゼノアの者はここから早く脱出しないといけません。」

 リンゲルバルトが小首をかしげた。

「お前はいつもそんな風に言う。」

「マノカイの群集は緊張しています。たぶんすぐに内乱になるのでしょう。」

「うむ。おそらくはそうだろう。今全員がおとなしく一応話し合いの場についているのは、おそらく王妃様の処遇がはっきりしていないからだろうと思う。」

「では、今のうちです。中に入って、とにかく誰か名のある方から何か言葉を引き出しましょう。それさえ済めば帰れます。」

「そんなのでいいのか。」

「もう、言い訳さえできればあとはどうしようもありません。ここにいて、ゼノアのためにできることなど何もない。だが、なにかマノカイ側と接触した記録を残しておかないとゼノアに帰った時、我々の命が危ない。早く済ませましょう。ここに長居していたら、ゼノアというだけで全員殺されてしまうかもしれない。ドゥゴ王子のせいで。」


 リョウはナイ儀官をうながし、リンゲルバルトに合図して王城の内部に入った。

「中の連中に相手にされないぞ。会ってもらえないんだぞ。」

「押し込むしかありません。今なら殺されないと思いますね。」

 ホールの真ん中まで進むと、マインツ伯があわてて走ってきた。

「これはナイ儀官殿、リンゲルバルト殿。」

「まだマノカイの王家のかたがたはご相談中か?」

「はい。しばらくお待ち願えましたら。」

「ゼノアの王家の者がお目にかかりたいと申しておる。」

 リンゲルバルトが言った。

「ですからもう少しお待ちいただきたいと。」

 マインツ伯はイライラしている様子だった。

「待てぬ。」

 リョウが口を挟んだ。

「失礼ですが、こちらはどなたで?」

「ラセル様の縁者だ。」

 リンゲルバルトが突然リョウに肩書きをつけた。リョウは肩をいからせた。

「はばかりながら通らせていただく。」

 リョウは剣の柄に手を掛けた。

 もめている様子を見て従者が何人か走りよってきた。

 リンゲルバルトとリョウは、マインツ伯を力ずくで押しのけ、二人で力を合わせ肩で重い扉を押し開け中に入っていった。


 中の人々は、厳重に人払いしていたところへ、押し入ってきた者共に一様に驚きの目を見張った。

 真っ先に反応したのはリップヘンで、彼の指先ひとつでたちまち5,6人の兵士が音もなく寄ってきた。

「無礼者。」

 彼は低い良く通る声で言った。

 彼はリョウに気がつくと、馬鹿にしたように笑い出した。

「これはリンゲルバルト殿、流れ者の楽師殿をお連れとは。ゼノアも地に落ちたものよのう。東渡りのジグ人とは。」

 だが、その笑いが凍りついた。リョウの手は、彼の額を狙っていた。

「なんですかな?その変な道具は?」

 やせた老人が目が悪そうにリョウの握った銃を眺めて、誰に言うともなく尋ねた。

 リップヘンと彼の部下、リンゲルバルトは、リョウの腕前を知っていた。この距離でははずしっこない。

「下品な飛び道具を。」

 リップヘンが言った。

「リップヘン殿。」

 リョウが言った。


「ゼノアの王太子、ドウゴ殿の死去をお知らせ申し上げる。」

 何人かが動いた。

 うちの一人が不機嫌そうに言った。

「それは知っている。マノカイの王妃リーア様にご無礼を働かれた。その報いじゃ。」

「今の言葉をゼノア王に申し伝えよう。貴公のお名前は?」

 真正面から見据えられて、その男はひるんだ。

「遠慮は要らぬ。王子の死を報いと申されたな。名を名乗り、ゼノア王に申し上げればよろしかろう。お伝え申し上げる。貴公の名は?」


 その時、リップヘンの部下が動いた。

 白刃がきらめき、リョウを一刀のもとに倒そうと狙ったのだ。しかしリョウのほうが早く、すさまじい音がして、リップヘンの部下は足元の床をぶち抜かれてひるんだ。

 全員が初めて目の当たりにする銃の威力に蒼白になった。女性のうちの若い方がへたへたと椅子に崩れ落ち、連れの年寄りがあわてて駆け寄った。もう一人の堂々たる態度の中年女性は蒼白になったものの非常に興味をそそられた様子で成り行きを見ていた。


 リョウはリップヘンに向かって言った。

「室内向けではないのでご婦人方には少々音が大きくて失礼した。心配めさるな。リップヘン殿。この銃は単発だが、何丁も用意しているゆえ弾切れの心配はありませぬ。床は申し訳ない。わたくしどもの話をお聞きくださるようお願い申し上げる。」

 リップヘンは苦い顔をした。

「野蛮な。この城の周りはマノカイの兵で取り囲まれておる。」

「すぐにおいとま申し上げる。」

 リップヘンの合図で兵が下がり、リョウも銃を握ったままだったが手を下げた。椅子に倒れこんだ女がゴブロイド夫人で、堂々たる女性がリップヘンの母親の公妃、そのそばに寄り添った若い男がホルスト公子だろう。夫人の兄のゴブロイド殿は脂ぎった中年男でリョウとリップヘンを興味深そうに観察していた。この男は厄介だ。リョウは直感した。

「楽師風情が何を言いに来た。」

 リップヘンがたずねた。リョウは少し下がり、ナイ儀官を押しやるように前に出した。

「ゼノアの代表として申し上げる。ドゥゴ王子の不慮の死に対するマノカイからの正式な説明を要求いたす。」

 ナイ儀官が答えた。リップヘンが答えた。

「ドウゴ殿下は、亡くなられた王陛下の葬儀の場で王妃殿下にご無礼を働かれた。マノカイの国民はその侮辱に怒り、王妃殿下をお守りしたのだ。」

「些細なマナー違反で、殺害したと。とんでもござらぬ。行き過ぎではないのか。民衆風情が。」

 リンゲルバルトが言った。

「女性に対し無礼を行う者はどんな処罰を受けても行き過ぎと言うことはありません。」

 議論の余地のないような口調で突然割り込んできたのはリップヘンの母と思われる公妃であった。唐突なので、ゼノアの連中はいささかまごついた。

「おそれながら、いまさらどのようなことが出来ると仰せなので?ドウゴ王子を生き返らせることが出来るとでも?」

 よく太っているが、小回りのききそうなゴブロイド殿が物柔らかな様子で口を挟んだ。

「それよりもサーシャの戴冠ですわ。式の日取りを決めねばなりません。」

 ビックリして倒れていたくせに突然復活したゴブロイド夫人が叫び始めた。ナイ儀官は知っているようだったが、リョウは初めてだったので、ゴブロイド夫人の言い分に面食らった。リョウ以外の全員が、またかと言ったようにそろっていやな顔をした。

「何の根拠があってサーシャ殿が戴冠されるのですか?」

 いやみったらしく公妃が聞くと、夫人は叫んだ。

「先ほど申し上げたではありませんか。若く最も血が正しいのがサーシャですわ。」

「お母様があなただというのに?」

 公妃が皮肉った。


「礼儀の逸脱に死をもって報いよと仰せられるか。」

 話がどんどんずれていくので、リョウが喧騒に負けずと大声で言った。

 今度は全員がそろってリョウの顔を見たが、今度は高位の貴族といった感じのやせ細った老人が答えた。

「礼儀の逸脱というがの、手を出されるとは何ごと。我々の王妃様に何ということをなされるのじゃ。マノカイの民がお守り申し上げるのは当たり前じゃ。」

「ご夫君は亡くなられたために、ご実家が姫君様のお迎えにお従兄弟の王太子殿下をよこされたのだ。その殿下をマノカイ王家はこともあろうに殺してしまった。高位の王族に対して何と言う仕打ちだろうか。」

 リップヘンの額にあっという間にリョウにはおなじみの青筋がたった。おそらくお迎えの一言に反応したのだろう。なにか言い出そうとした。だが、そのとき、ざわざわと人の気配がした。

「王妃様だ。王妃様がお越しだ。」

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