時間のしらべ 3

「正直なところ、あなたがいなければ、立ち直れなかったかも知れないと思うわ。だから、あなたには幸せになってほしいのよ」

「…はい」


 かすかに肯く娘の肩を、フェリシアはそっと抱いた。

 昔は、二人きりだった大切な人。年をて、その数は増えた。

 兄や弟には、おそらく、もう二度と会えないだろうと思う。そして、夫には、気付いた胸の内をげることもできない。

 けれど、娘には。こうやって会える。手を伸ばせば、触れられる。

 だからこの手を、離すことは二度とないようにと、そう願う。  


「ねえ。私は確かに、悔やんでいるわ。あの人に、歪んだ言葉を届かせるきっかけを作って、そんな言葉を鵜呑うのみして。そうして、伝えられなくなってから気付いたの。私も、あの人がとても好きだったのだと――とても、愛していたのだと。私は、知らずにあの人に甘えていたのね」

「私…お母様。また明日、今度はあの人も連れて遊びに来てもいいかしら」

「ええ。このクッキーは、会心の出来なの。是非、持って帰って一緒に食べてね」

「ありがとう、お母様」


 抱擁ほうようを交わして、娘は去っていった。

 フェリシアはそれを見送ると、そっと窓を開けて、夏の柔らかい日差しを浴びる花々を見遣った。


「ねえ。もしもそっちで会えたら、おばあちゃんになったって笑って、それでも好きでいてくれるかしら」


 ふわりと、風が吹いた。   

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